この「余録」 、なんだか気になったので....

ー以下は引用ー
余録:「天神へ素顔で参る手習子」…

 「天神へ素顔で参る手習子」。手習子は寺子屋に通う子、みなで天神様に参拝する日は素顔だという江戸川柳である。

日ごろのわんぱく小僧たちの顔は墨で真っ黒なのだ。

「師のかげを七尺去ると人形書き」と授業中にいたずら書きに励む女の子もいた
▲だが庶民が勉強しても出世できなかった時代なのに、一方でこんな光景もあった。

「かやば町手本読み読み舟にのり」は江戸・茅場町の寺子屋に渡し舟で通う子らの様子、「うつぶいて筆で艪(ろ)を押す夜手習」はついうとうとしてしまう夜の勉強である
▲幕末に欧米人を驚かせた日本人の識字率の高さは、庶民の高い学習意欲のたまものだ。

だが現代の「夜手習」、つまり学校外の勉強の実情を調べた調査によると、日本の小学生は勉強時間1時間以下の子と、3時間半以上もする子の二極分化が目立つ
▲世界6都市の小学生を対象にベネッセ教育研究開発センターが行った学習基本調査によると、平均学習時間はソウル、北京、東京の順でアジア3都市が欧米3都市に比べて長かった。

だが勉強する子としない子のはっきりした二極分化は中韓や欧米と異なる日本の際立った特徴だ
▲目を引くのは勉強が自分の人生や社会に「役立つ」と考えている子供の割合も、ほとんどの項目で東京が最も低いことだ。

また自分の成績は上位だと思っている子の比率が最低だったのも東京である。

そして「がんばれば上位の成績をとれる」と考える子の割合も6都市中最も少ない
▲「清書に知らぬ字のある親の顔」「手習に上げて我が子を見違える」。

知らないうちに知らないことをどんどん学んでいく子には江戸の親たちも目を細めた。

子の学ぶ意欲の二極化は、この社会の将来そのものを分裂させはしないかが心配だ。


毎日新聞 2007年9月19日 東京朝刊
ー引用ここまでー


私自身は「知ること」は大好きだが、成績はともかく、知ることを楽しむことを覚えてほしい、と、一人の大人として思う....


また、こういう記事 もあった

ー以下は引用ー
キャリアサプリ:<30>縛られたキャリアからの脱却2
 先週は、青年の悩みから親子のキャリア観の違いをどうしたらよいか? 

という問いかけをさせていただきました。

 読者の方々からアドバイスやご意見を頂いておりますので、掲載の許可を取れたら紹介します。


 親は子どもの殺生権を持っているというと過激でしょうか?


 子どものころ、母親にしかられ、押入れに入れらました。ほどなくして、そーっと外をのぞいてみると、しかった当の母親はなんと昼寝をしていました。


 押入れの中で「なんでお母さんはいつも私の気持ちや事情を無視して怒ってばかりなんだろう」と涙がボロボロとこぼれていた私でしたが、死んだように寝ている母の顔を見て「生きている?」と不安になってまた「おかあさーーん!」と泣きだしてしまいました。

気持ち良く昼寝をしていた母親は娘の意味不明の泣き声で起こされ、漫画のようですが、私はまたまた怒られ、違う意味でさらに泣いたのでした。


 あの40年以上前の情景は今でもはっきりと覚えています。

どんなに不条理に怒られても、世界で親以外に頼る存在はいないことを子どもは生まれた瞬間から無条件で知っているのでしょう。


 母も孫には、慈愛に満ちあふれた優しいおばあちゃんとなりました。

ある日「お母さん、私を育てた時と全然違うじゃない!」と言ったら

「子どもを育てた時は、自分も必死だったし、余裕もなかった。それにしっかり育てなきゃ!と頑張ったんだよ。孫は無責任でいいね」とのんきな答えが返ってきました。


 確かに、親が子どもに要求する事といえば、「ぐずぐずしていると周りに迷惑だから早くしなさい!」

「皆の中ではおとなしくしなさい!」

「勉強しないと大人になって困るわよ!」

「お前のために頑張って働いているんだよ」

「お前が大人になって困らないように言っているんだよ」


 これらの言葉は子どものためといいながら、大人の都合の良い子どもとして振るまってもらう言葉でもあり、また必死に親として頑張ろうとする表現かもしれません。


 親子の間で、人生の多くの問題が繰り返される傾向があります。

離婚や夫婦間DV・家庭内DVなどはその一例です。

もちろん負の連鎖であれば、それを断ち切りたいと思い、克服されている人もいるはずですが、子どもの世代に引き継がれることが多いのは、どういうことなのでしょうか?


 酒癖の悪い男は嫌だ! 

と酒乱ぎみの父親と全く違う男性を求めているのに、なぜか結婚した男性も結婚後どんどんお酒におぼれていく。

結婚前には分からなかったが、結婚したら夫が父親とよく似たDV傾向を持っていた。

親の言動や暴君的なふるまいが嫌いだったのに、気がつくと自分も子どもに対して指示的な言動が多くなっている。

嫌だと思っていた家庭環境や両親の言動を自分が引き継いでいることで、さらに自分を嫌いになる。

自分の人生を大事にできなくなっている人が少なくありません。


 この人生の輪廻(りんね)のような状態は、今からでも見直すことはできると思います。


 まず、落ち着いた場所でゆっくりと深呼吸をしながら優しい気持ちが生まれるまでゆったりと身体を休めて下さい。

 目をそっと閉じてそして小さな時の不条理に対して悲しかったり、怖かった自分に素直に戻ってみましょう。


 その子(幼い時の自分)は泣いてますか? 

悲しんでますか? 

その子に優しく抱きしめて言ってあげて下さい。


 「大丈夫だよ。あなたは両親から愛されているし。これから自分が思ったことはちゃんと親に言ってもいいからね。」

「怒られたら、『かなしいよ』って言ってごらん」

「最後まで話をさせて」

「私の話を聞いて」って言おうね。

怖がらなくっても大丈夫だよ。

自分を大切にすることが一番だよ。


 親は誰でも子どもが大好きなんだよ。

大好きだから心配で色々なことを言ったり、しかったり、命令をするんだよ。

嫌いじゃないから。ビクビクしないで! 

もっと自分の気持ちややりたいことを言ってごらん。

親はそれを知らないだけなのだから……。


 知らないままだと「これでいいんだ」と思って別のことをさせてくれなくなるでしょ? 

自分も別の新しいことを選べなくなって親と同じことでしか生きていけなくなる可能性が強くなるよね?


 親の思いを自分で受けすぎて苦しんでいる方。

どうぞ、自分自身を大切にしてあげて下さい。

どんな状況であっても親は子どもが自分で責任を持ち、幸せを感じた顔をしていればOKを出してくれると私は信じています。


 2007年9月12日
ー引用ここまでー

人が成長するのは大変なのかも....


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片付けられない女魂
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