ranarcoticらなるこてぃっく -2ページ目
いいものを買ってその商品を作った人を支持するという表明をすることもできないの。悲しいね。

結局それしかないなんて。買い物しか楽しくないなんて。
フォアグラと相撲この世からなくなればいいのに。全然だめだ、文化的なものの全てを尊重するとか


私には向いてないみたい。内向的である事を誇っているから、それ自体は間違いじゃないんだけどね、


好きなものを選ぶ基準とか。本当にいいものだけ次世代に残していくべきだと思う。人も文化的な遺産


も。その判断基準を何にするかは、絶対的な杓子がない事柄だけに、むしろ個々人の個人的な判断しか


なくって。内向性のまったく介在しない好き嫌いなんて存在し得ないものだと思うし。


だから、結局衆愚政治と言われようが、それによる集積としての民主的な決定に近い様なものが常に求


められているのが政治の世界だけではなくって普通の市井の中でも行われているのかもしれないとも思


うんだよね、ぼんやりとした世相の様な、流行の様なものがそれの如実に反映されたものであればいい


んだと思うけど、世の中はそんな単純なものだけで回ってる訳じゃないことくらい誰でも分かるよね。


例えば流行の色とかだって人為的に決められてる訳だし。でも、あんなに沢山のお店があるのに、自分


の好きなものがまったく買えない時代なんて経験しようがないと思うんだよね。


ものの方が私には優しく感じられて、どれだけはぶられても、ものだけはいつも私の欲しいものが、


毎シーズン沢山あらゆるお店に出回るの。それなのに、私は孤独を感じてる。変なの。


ものしか信じられない、だって私は商品が好きだもの。


もし私がその全ての好きな新商品を買える経済力があってそれを纏えてたらもっとその雰囲気が好きな


友達が沢山できたの?一体何処で出会えるの?


全ては結局お金なんだね。見せたい自分も教育の結果もそう。


親の経済力に準拠してるんだ。


大人になっても、子供でいても、そこからは一生自由になれないんだね。


なんて空しい人生だろう。


恣意性の全く介入しない何かの結果なんて、ない様に思うし。


誰も私の内面の感情を見れないのと同じ様に、そしてまた必要もないのと同じ様に。



私が何を侮辱的に感じて嫌ったのか、そのような生き方を嫌って、私は世の中から軽い断絶をしたかの



感情の理由なんて、別に誰も知らなくていいし、私の世界は私のそういう不快な感情を基準にして、そ



こから離れる事で達成されようとする理想の境地を求めている。



見たいものしか見たくないでいいんだと思う、結局無責任なんだ、世の中に対しても、現実的な事実に



対しても、私。



”嫉妬はしない代わりに、本当にいいものを、よりいいものをもっと愛して、一元的なものの見方なんて



できないとは思うから、何故それがいいと思うかの理由は極めて利己的に好きだからですむものに過ぎ



ないと思うのだけれど。”



そういう自分の根幹となるものを外圧によって歪められるのには耐えられないし、許せない。



私は本当に自分の好きなものを守りたい。



それによって一部の誰かに嫌われてもいい。



私は私の好きなものを理解してくれる人たちと共にいたいし、また近くともその発展として、全く自分


と同



じ人間なんてこの世に他にいないのだから、からくるその人たちがもたらし得る新たな世界との化学


反応を大切にして、よりよい何かを築きたい。
フォアグラと相撲この世からなくなればいいのに。全然だめだ、文化的なものの全てを尊重するとか私には

向いてないみたい。内向的である事を誇っているから、それ自体は間違いじゃないんだけどね、好きなもの

を選ぶ基準とか。本当にいいものだけ次世代に残していくべきだと思う。人も文化的な遺産も。その判断

基準を何にするかは、絶対的な杓子がない事柄だけに、むしろ個々人の個人的な判断しかなくって。内向性

がまったくない好き嫌いなんて存在し得ないものだと思うし。だから、結局衆愚政治と言われようが、それ

による集積としての民主的な決定に近い様なものが常に求められているのが政治の世界だけではなくって

普通の市井の中でも行われているのかもしれないとも思うんだよね、ぼんやりとした世相の様な、流行の

様なものがそれの如実に反映されたものであればいいんだと思うけど、世の中はそんな単純なものだけで

回ってる訳じゃないことくらい誰でも分かるよね。恣意性の全く介入しない結果なんて、ない様に思うし。

誰も私の内面の感情を見れないのと同じ様に、そしてまた必要もないのと同じ様に。

私が何を侮辱的に感じて嫌ったのか、そのような生き方を嫌って、私は世の中から軽い断絶をしたかの

感情の理由なんて、別に誰も知らなくていいし、私の世界は私のそういう不快な感情を基準にして、そ

こから離れる事で達成されようとする理想の境地を求めている。

見たいものしか見たくないでいいんだと思う、結局無責任なんだ、世の中に対しても、現実的な事実に

対しても、私。

嫉妬はしない代わりに、本当にいいものを、よりいいものをもっと愛して、一元的なものの見方なんて

できないとは思うから、何故それがいいと思うかの理由は極めて利己的に好きだからですむものに過ぎ

ないと思うのだけれど。

そういう自分の根幹となるものを外圧によって歪められるのには耐えられないし、許せない。

私は本当に自分の好きなものを守りたい。

それによって一部の誰かに嫌われてもいい。

私は私の好きなものを理解してくれる人と共にいたいし、また近くともその発展として、全く誰かと同

じ人間なんてこの世に他にいないのだから、からくるその人たちがもたらし得る新たな世界からの化学

反応を大切にして、よりよい何かを築きたい。