☆Lan’s life☆ -8ページ目
この気持ちを忘れてしまわぬよう。

いつか娘とまた対立することのときのために。

娘は、いつの間にか、私の顔色をみることが増えた。

双子の兄は、病弱で、赤ちゃんのときから私とベッタリであった。

痙攣も、入院も、数知れず。

わたしの姿が見えなくなると呼吸困難になる。

そんな彼を私は常に肌みはなさず側に置いた。

娘はいつの間にか、自立し、私以外のすべてのひとを受け入れる事のできる能力を身につけた。

熱が出ても私を求めない。

自力でなおす。

これ、幼児期の話。

あの時、私は娘は偉いと思った。

なんて、できた子供なんだろうと。

なんて、浅はかだったのか。

娘はまだ赤ちゃんだ。

そんなの、我慢以外のなにものでもない。

ある日、娘が葡萄の皮が喉にひっかかったと訴えてきた。

娘の嚥下障害の始まりである。

ありとあらゆる、病院にかかったが、喉にそのようなものはない。

しかし、娘は物を飲み込めない。

口に入れてはティッシュに吐き出す。

なぜなら、喉に何かつまっているから。

娘はみるみる痩せていった。

ちょうど、二年生の夏休みで、私の父がいよいよ緩和ケア病棟に入院したときと、娘の嚥下障害は重なった。

父の看病と娘のケア。

忘れられない夏休みだった。

父は亡くなる直前まで、娘の心配をしていた。

私は娘に過敏に反応しないふりをした。

吐き出しても、普通にした。

徐々にのみこめるようになり、今では肉も何でも食べられる。

しかし、娘は私ベッタリになった。

そして、私に、愛情を、確認するようになった。

私は娘が愛しくてたまらない。

常に娘を、心配している。

かわいい。かわいい。

しかし、どこかで、このはかない、折れてしまいそうな彼女心のスイッチが、またおされるのを不安に思っている。

長男次男には時に怒鳴ることもある。

しかし、娘にはしない。

しっかり、話す。

そう意識してきた。

しかし、昨夜私は彼女の頬をビンタした。

私の母に対してあまりにも、生意気な口調だったから。

そしてそれを注意した私にも同じことをしたから。

ボーイズだったら、完全に鉄拳制裁れべる。

娘も私も、動揺した。

母は、私をせめた。

わかる、わかるよ、孫が殴られるのは見てられないよね。でも、子供の前で、いまは黙ってて。

暫くして、私は娘と話した。

時間をかけてゆっくりと。

そして、昨夜は一緒にねた。

彼女の赤ちゃんのような寝顔を、何度も何度も撫でながら。

左ほほをさすりながら。


今朝、元気に起きてきた娘をみて、ほっとした。

塾帰りの長男に一部始終話したら、長男は娘を抱きしめていた。

みんな、娘には甘いのだ。

今日はパパに報告しなければ。

一番うえのお兄ちゃん、明日から大阪でサッカーの大会。

あっという間に、いなくなるんだろうな。

寂しい。


さてさて、新年明けましておめでとうの家族会がやっと昨日できました。

39度発熱しているパパが、何やら取り出してきたのはフォーチュンクッキー(笑)


子供たち、お年玉がでると思ったのに、びっくり。まさか、クッキーだとは。

私も何もしらず、爆笑。

みんなで、クッキーの中からでてきた今年のおみくじを読み上げ

英語だったので、パパがよみ

パパがわたしをみて、手をだしてきた。


ん?


え?


おたがい、


え?


えー!!!


お互い、子供たちへのお年玉はお互いが用意していると思い込み


夫婦でダッシュで寝室に引き返して慌ててお年玉を準備するという😁


あー、わらったわらった。


仕切り直して、子供たち集めて一人ずつお年玉を。


子供たちも笑っていた。


なんと、パパから私にも!!

お腹の赤ちゃんと、みんなを、いつもありがとうって書いてあって(泣)

泣きました。

三人のこと、ありがとうって


わたしだよー、ありがとうは。
 

本当に素晴らしい人だとおもいました。

亡き父が、繋いでくれた縁。

本当に感謝。


そして、パパはダウンいたしました。


今年、家族が増えるね。

宜しくお願い致します。