「あの人たちがいたから、俺、ロックンロールをやってるんだよ!」
「今年も1年、みなさん誠におつかれさまでした。生き抜いちゃう呪いをかけちゃうからね。生き延びろよ! 勝手に死んでんじゃねえぞ。今年も1年、生きててくれてありがとう!」

 

文中に書かれていたサンボマスターのボーカルくんのMCです。

音楽との出会いって本当に生き死ににも関わって来るくらい、大きな事になる人もいると思います。

私の場合はブルーハーツはまさにそれだった。

 

別に不幸にも幸福にも恵まれなかった頃、何となく時間をやり過ごすだけな生き方してた頃、1989年2月19日、友達の「おもしろいバンド見つけた」って言葉から聞かされたブルーハーツの1stアルバム、いきなりパンクロックですよ~

友達の音楽の趣味には???と思うものもあるし、おもしろいが自分とは違う場合もあるので、今はこれが好きなのねと思ってたけど、歌詞の中の「ボク、パンクロックが好きだ やさしいから好きなんだ」に意味不明ながら何かひかれるものがありました。パンクって、いわゆるピストルズとかの音楽よね? やさしい? シドビシャスのツンツン頭や悲しい事件を思い出しながら、破滅みたいなものしかないんじゃないの?と思いながら、やさしい? どういう事だろう?と思ってた。

 

その日の帰り道、近所のレンタル店で1st、2nd、TRAIN TRAINのアルバムを借りた。

それからすぐにアルバムや当時出ていたCDも全部買い求めた。おもしろいバンド見つけた!ってダビングしたテープを友達や親戚、弟に無理矢理押し付けて、ブルーハーツ、知ってるよとみんなに言われた(^^; そっか、私は出遅れてたのかと知った。

 

その頃は別に誰がどうとかも知らなくて、こんな風体の人が前から歩いて来たら道開けるよねって友達と言いながら(^^; 

1989年のON TOURの大阪城ホールのチケットをgetした。友達と従妹と3人で出掛けて、開演前のメンバーを紹介するスライドを見て名前と顔が一致、マーシーの時に女の子の黄色い声がいっぱいあがっていたんで、この人、人気あるんだな~とその程度で、その日のアンコールで「Too Much Pain」がヒロトくんとマーシーのギターだけで始まって、会場からは手拍子が起きてたけど、マーシーが拍子を外す演奏をしてたから、静かに聴いて欲しいんだろうなと実際すごいいい曲だなと思ったし、綺麗なだけの男子ではなさそうだと思ったんだけど、いかんせん、自分達のラジオ番組でさえも話さないマイペースさに、ん?ただのわがまま野郎か?と思ったりもしてたけど、まさかその後に熱烈歓迎なファンになろうとは・・・・・。世の中、何が災い・・・・もとい幸いするかわかりませんわ~ほほほほ

 

音楽ってすごいね。パンクロックがやさしい、そう言えば友達はやさしいって易しいちゃうか~と言ってたのを今思い出した。そうかそれは盲点やったなと当時も笑い話になったけど、ヒロトくんにとっては真似できちゃう易しさと自分を肯定できる優しさでもあったのかなと後々思うようになったけど、私もその優しさに触れられるきっかけになったのがブルーハーツで良かったと思ってます。

 

他のメンバーの誰も好きにならんぞとラジオで言ってたヒロトくんを思い出しながら、悪かったわね~と思うどこかで、うむと思う私もいる(^^; ま、好かんとこも全部ひっくるめて好きでいられるって我ながら面白いなと思う。

 

ふと思い出したけど、「未来はボクらの手の中」だったかな~事故で意識不明だった男の子の耳元で同級生達がその曲を流してて意識を回復したって話が出てたっけ。未来は誰かの為ではなく自分の為に自分で選んで、そうしてそこで自分で生きるんよな~って思ってる。そんな自分でいられてるのもブルーハーツとの出会いからだったと思ってます。

 

私の葬送曲は「未来はボクらの手の中」をかけてなって頼んでるけど、棺の中で手を振り上げそうやな(^^; yegh♪

 

すみません、スマホの新機種移行が漸く出来たので、おかしなテンションになってます。

ご無礼をひらに、ひらに~~~<(_ _)>