私のせい ⑦ 続21~26歳 | milky☆wayのブログ

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自分の決めごと(ルール)を見つめ直して                     
  シンプルに考え 自由に生きていくために・・・




それからというもの 母親がごまかす話しをしてきても

「あぁ」 「ふーん」  としか 私は答えなかった

 

私は 母親に対して 時として

もっと 苦しめばいい  

もっと 後悔すればいい 

もっと 自分を責めればいい と



私がこれまで自分にしてきた同等の

憎しみに似た感情を 抱いていた



私が話さなくなって 2ヶ月が過ぎた頃

近くに住む2番目の姉が 私に怒ってきた



「〇〇 いい加減にしなよ! あんた親と話さないんだって

 バーさん いつもうちに来て 泣いてるんだよ

 私が我慢すればいいって 

 あんた どー思ってるの!  いつまでそんなこと続けるつもりなの」 と・・・






周りから見たら私は 可哀想な母親に 怒り続けている人に映るんだろう

でも その行為は本心ではなく

初めて面と向かって振り上げた拳を 下ろせなくなっている だけだった



母親に反発した分 罪悪感が自分を襲い 深く傷つく

だから もうこんなことは 早く終わらせたい

そー想っていた



私は母親に 本音でぶつかってきて欲しかった だけだった

生まれてから ずーっと・・・



でも あの人は 絶対にこなかった

生まれてから ずーっと・・・






3ヶ月続いた 親への反発は

両親のシンガポール旅行をきに 終えることにした

親が帰ってきた時 私は以前の自分にリセットして出迎えた



結婚し 26歳で 実家を離れるとき

私は母親に 手紙を渡した



「私が 過食症だったとき  私は お母さんに助けて欲しかった

 姉に喋るんじゃなくて 

 何やってるの って叩いてでも 病院に連れて行って欲しかった

 本気で ぶつかってきて欲しかった

 それを 泣きながら ずーっと待っていた」 と・・・



それに対しても なんの行動もしなかった (デキナイ人だった)

母が操った姉達にも 手紙の内容は知らされなかった

知ったとしても 

私のことを分かろうとしてくれる人は いない



それ以来 私は家族から

怒らすと怖い というレッテルを貼られた

すべて

「私が悪い」



「私のせいだ」 という レッテルを・・・