前記事の【プロローグ編】では、I氏のブログがなぜ全削除に至ったのか?についての推考をしてみました。本稿は前記事の続編である【本編】となります。諸事情・経緯等をご存じない方には【本編】の前に前記事【プロローグ編】をお読みいただくことを推奨します。

 

 

創価学会員・ブーツが“創価への誹謗中傷”と断じたI氏のブログ記事の詳細

 

前記事で述べた通り、ブーツによる聖教新聞社への“I氏に対する写真使用(引用)許可の有無問い合わせ”が、I氏のブログが全削除に至る事態の唯一の要因であると私は確信しています。

 
ブーツは彼女と友好関係にあるブロガーのブログコメント欄にて幾度となく“イキり声明”を繰り返していました。最初は「私は聖教新聞社に“I氏に対する例の写真の使用許可の有無”を問い合わせただけだ」と書いていましたが、後になると「聖教新聞社だけでなく、創価学会、公明党にも“I氏が悪質な創価への誹謗中傷記事を書いている”と通報した」といった内容を声明に書き加えています。
 
「写真使用許可の有無の問い合わせ」と「悪質な誹謗中傷記事の告発」はかなり様相が異なります。“告発”に関してはブーツお得意の嘘ハッタリの可能性もありますが、少なくともブーツがI氏のブログの存在を聖教新聞社に伝えた事は事実でしょう。現にI氏のブログは全削除されたのですから。
 
ブーツは例の写真の無断掲載だけでなく、I氏の記事内容(記述)そのものについても「恩師(池田大作氏)と創価学会に対する酷い誹謗中傷」「名誉棄損裁判になりうる内容」と激しくI氏を批難しています。はたしてブーツの批難は正当なのでしょうか?
 
この度、アメーバ運営によって削除された記事の原稿をI氏のご厚意によりご提供いただきました。ここに記事全文を再掲させていただきます。例の写真は掲載しませんが、文章の一字一句は全て初掲載時のまま、一切の改変無しの内容になります。12月4日付記事と12月5日付記事を分けて再掲し、僭越ながら合間に私の寸評を添えます。なお再掲記事は緑文字、私の寸評は赤文字で表記いたします。
(※最初に再掲した12月5日付記事について「アメブロ掲載時と記述が異なる」との指摘を受け、I氏に確認したところ「フェイスブック転載の時点で一部記述を訂正した原稿」であることが判明いたしました。それを受け12/23にI氏のご協力の元、アメブロ掲載時の記述を復元した再修正版に当該記事を差し替えました。なお12月4日付記事はキャッシュにてアメブロ掲載時と同一の記述と当方確認済みです)

 

【削除されたI氏のブログ・12月4日付の記事】

池田大作か亡くなりました。20年くらいに渡って世間から消えていたので亡くなったことによる影響はないと思います。
 
創価学会に知り合いがいるから、自分は裏のことを知っているという人が近所にいて、池田大作は既に死んでいて、ミイラにされて創価学会の本部に安置されている、即身仏として特別の財務に応じた信者だけにこっそりと拝ませている、と10年以上前から言っていました。年配女性で多少の面識がある人です。
 
創価学会が池田大作の死を隠しているという話は良く聞きました。その場合は法律に従って死亡届を出して、火葬も法律が定めるように行なって、そのことを世間に公表しないというものです。火葬にせずミイラに加工してしまえば、今の法律では死体損壊罪になります。そんなことを行なって教団に得があるかどうか、何の利益もなく、世間に露見したときには世論から一斉に叩かれます。多数の法律の専門家を抱えている創価学会が気がつかないはずがありません。即身仏が信仰の対象になった江戸時代とは違っています。
 
最初に聴いたときからバカバカし過ぎると思っていたので、その人に池田はミイラになっていなかったねと言ったら、なっていた、わたしが事実をあちこちで語ってそれが創価学会に伝わったので、不味いと思って今さらになって死亡を公表したのだ、ミイラになっていた池田を火葬にしたと言います。
 
脳味噌の腐敗ぶりではネトウヨに負けない人です、言っていたことが外れたときの居直りのやり方も似ています。こういう場合に、死んだばかりの遺体を火葬にしたのか、十数年前に死んでミイラに加工していた遺体を火葬にしたのかといったことは確かめようがないので、言い張れば自分が間違っていたことにはならないのです。デマを語って、間違いと分かっても図々しく居直った者が勝ち、今の日本はそんな世の中になってきています。

 

寸評:ブーツはこの記事について「“池田大作氏は頭にウジが湧いたミイラにされている”という酷いデマをI氏は吹聴している」と大激怒しています。私は「I氏の知人女性が吹聴していた池田氏に纏わる荒唐無稽なデマをI氏が否定・批判する内容」と読みましたがいかがでしょうか?なお文中の「脳味噌の腐敗ぶりではネトウヨに負けない人」とはデマを吹聴していたI氏の知人女性を指しており、池田大作氏のことではないことは、普通の読解力がある方ならば一目瞭然でしょう。

 
 
【削除されたI氏のブログ・12月5日付の記事】

創価学会は朝鮮人である池田大作が、戦後朝鮮から持ち込んだ朝鮮宗教である、といったことがネトウヨの間で盛んに言われました。

 池田大作は江戸時代から続く羽田の海苔養殖業者の家に生まれている、創価学会は、初代会長が牧口常三郎で二代会長が戸田城聖で、創立は1930年で、大戦中に特高警察に弾圧されたことは良く知られており、池田大作が戦後になって朝鮮から持ち込んだ宗教という話は、どうやっても成立するものではないのですが、ネトウヨの間では広まり信じる者も多数いました。

 創価学会はろくてもない金集め宗教で、戦後最初に貧困ビジネスをやって成功した団体でした。家賃に苦しむ貧困者に市営住宅を世話する、自活できない貧困者に生活保護を世話する、その代わりに聖教新聞を取らせて、教団の催しに強引に連れ出し、そのうち抜けられないようにする手口で組織を拡大してきました。

 これを成功させるためには、行政に対して横車を押せる地方議員が必要であり、創価学会が早くから地方議会に進出する要因になりました。創価学会と公明党の地方議員とは、持ちつ持たれつの関係にあって、自治体の福祉を利用して勢力を拡大してきたのです。
 
 それが気に入らなければ、そのことを悪いと言うべきなのに、朝鮮宗教、朝鮮人という、歴史的な経緯からしてあり得ないことを言って非難する、それがネトウヨという人たちの手口なのです。

 ネットのなかでは、事実に基づいた批判よりも、なんでも朝鮮にしてしまう方が支持が得られる、批判したい相手を朝鮮に絡めれば勝ちという状況があって、ネトウヨはそれに便乗したともいえます。全くもって嘆かわしい状態なのです。

 
寸評:ブーツはこの記事について「I氏が“池田大作氏は朝鮮人”というデマを吹聴している」と激怒しています。I氏はこの12月5日付記事に例の写真を引用していました。例の写真は「池田大作は朝鮮人」というデマの流布にに悪用された経緯がありますが、I氏の記事内容はいかがでしょうか?私には「“池田氏が朝鮮人”というのは事実無根」とI氏が訴えた記事に思えます。
 
I氏のブログ記事の再掲は以上となります。
 
 
創価系各団体への通報で当ブログは全削除となるのか
 
察しの利く方はとっくにお気づきでしょうが、当記事は創価系各団体に敢えて通報してもらう前提で記しています。ブーツは「記事の内容が創価学会および池田大作氏への酷い誹謗中傷だからI氏のブログは全削除されたのだ」と断じております。
 
私は「あくまで写真の無断掲載のみが全削除の要因」と確信しておりますが、ブーツの主張と私の見解のどちらが正しいのかはっきりさせたいと思い立ち、I氏にもご協力いただき、ブーツが「創価への悪質な誹謗中傷」と批難してやまない記事を再掲しました。例の写真の無断掲載無しでも、再掲した記事は再び削除されるのでしょうか?
 
というわけで、再掲した記事をお読みいただいて「これはブーツの言うとおり悪質な誹謗中傷だ」と思われた方は、どうぞ創価系各団体に当ブログをご通報下さい。特にブーツ、テメエは絶対に通報しろよ、I氏の時みたいにな。憎いラム夫をぶっ潰す絶好の機会かもよ(笑)?
 
ブーツが主張が正しいならこのブログも2~3日中に全削除され、私は提訴されて“寒い環境”に追い込まれるかも(ひ~)。とりあえずブーツ女史オススメの聖教新聞社のお問い合わせ先をリンクしておきます(笑)。
 
聖教新聞社・お問い合わせ先
 
奮ってご通報下さい。ブーツ曰く、通報すれば聖教新聞社から丁寧な返礼メールが届くらしいですよ(笑)。

 

 
追記:“池田大作氏のミイラ”というデマについて
 
I氏が“知人女性の与太話”として記事に取り上げられていた「池田大作氏の遺体はミイラにされて創価学会本部に安置されている」というデマですが、実は私も随分昔に小耳に挟んだ覚えがあります。したがってI氏の知人女性の個人的妄想とは思えず、このデマについて調べてみたら、元ネタと思われる情報にあっさり辿り着きました。下に添付したのはデイリー新潮のウェブ記事です。

 

デイリー新潮の記事によると元公明党委員長の矢野絢也氏が「池田大作氏の死去に備え、遺体保存の可能性を学会幹部から相談されたが、法律上無理だと判明し遺体保存の話は立ち消えた」と週刊新潮の取材で話した、とされています。

 

また評論家の佐高信氏によると、上述の矢野絢也氏は自著「私が愛した池田大作」(2009年刊)のなかでも“ミイラ化計画”の顛末を暴露していたとか。下に添付したのは佐高信氏のメルマガをまぐまぐニュースが抜粋したウェブ記事です。

 

ん~どうやら矢崎氏の著書がデマの大元のようですね。矢崎氏は「立ち消えた計画」と証言しているのに、人づてに拡散するうちに既成事実として語られるデマに変貌したのでしょう。そもそも矢崎氏の証言が真実である裏付けも無いわけで、どこまで信じるべき話なのか私には皆目分かりません。でも偉大な人物の遺体を永久保存したいと考える人がいたとしても不思議ではないかな、などと思ったりします。

 

ところでブーツ、当然お前はデイリー新潮や佐高信氏のことも聖教新聞社に通報するよな?(ニヤリ)