■私が転職した経緯

私は、都内のある薬科大学の修士課程を修了した後、教授の紹介で、一部上場の製薬会社に入社しました。

配属されたのは研究開発部門で、そこで体外診断用医薬品の開発に携わることになりました。

以降、約30年間、研究開発部門での仕事を務めた後、子会社が経営している衛生検査所の管理者として出向となりました。

そこでさらに約10年間キャリアを重ねた後、60歳で定年を迎えましたが、親会社からはそのまま定年を延長して子会社に残るようにと打診されていました。

しかし、定年を延長した際に親会社から提示されていた処遇で折り合いが付かず、定年延長を決め兼ねていた時でした。

知人から「今の会社から提示されている給料の2倍出すのでどうか」と、ある転職先を紹介されたのです。

私はこの時、65歳まで働こうと思っており、もしこの転職が失敗だったとしても5年間我慢すればいいのだからと、自分自身を説得し、転職することに決めました。

■転職後の心配事

転職先は前職と同じ製薬業で、主に医薬品やその原料を製造している会社でした。

会社の規模は、前職が従業員約1000名の大手であったのに対して、従業員約60名の小さな会社です。

転職先からは、研究開発の部長格として半年間務めた後、取締役として処遇されるという条件が提示されていました。

転職するに当たって私が一番に心配していたことは、前職では人体薬を扱った経験が全くなかったということです。

前職の親会社で扱っていた体外診断用医薬品は、検査薬のことで、人体薬と同じく薬機法で規制はされていますが、微妙にその取り扱いが異なっています。

また、子会社の衛生検査所の運用は、臨床検査技師に関する法律で規制されていて、薬機法とは全くの別物です。

転職先の会社では、人体薬を主に扱っていたのですが、大手製薬会社で務めてきたとはいっても、私には、人体薬を扱った経験が全くなかったのです。

医薬品は人の健康を左右するもので、その開発から製造、販売までを薬機法によって厳しく規制されているのです。

その上さらに困ったことに、転職先では、総括製造販売責任者という重責を任されることが決まっていたのです。

それというのも、転職先で永らく総括製造販売責任者を務めてきた方が辞めてしまうため、その後任が必要だったのです。

しかし、総括製造販売責任者になるためには薬剤師の国家資格が必要なのですが、その会社には、薬剤師免許を持っている適任者がいなかったのです。そこで、薬剤師免許を持っている私にと、社長じきじきの沙汰だったようです。

総括製造販売責任者というのは、薬機法で設置することが定められている役職で、医薬品の出荷可否の判定をするなどの重要な責任を担っています。したがって、医薬品の取り扱い全般に渡って精通していることが求められています。

当然、そんなことは微塵も心得てはいないので、転職先に移るまでの期間は薬機法に釘付け状態で必に勉強していました。

しかし、実践を伴わない活字だけの知識などは、その場凌ぎの付け焼刃でしかなく、転職した後には、予想はしていましたが、分からない事だらけで散々苦労しました。

ただ、その時に私をサポートしてくれた部下が大変有能だったことと、私が置かれていた立場を良く理解してくれており、大変にありがたく感じたことをよく覚えています。

■重大事件発生

私が転職してから1年ほどが経ったころの出来事です。

その頃には、総括製造販売責任者という肩書も板に付き、取締役に就任してから約半年が経過していました。

発生した大事件というのは、製造販売している医薬品の一つが、承認申請書に記載した有効期限を満たしていないということが、品質保証部が行っていた販売後の追跡調査から明らかになったのです。

要するに、その薬を販売することは、薬機法違反となってしまい、法律に抵触してしまうことになるのです。

そこで、会社が出した結論は、このことをきちんと行政に報告して指示を仰ぐというものでした。

その際、行政、即ち県庁の薬務課との折衝で矢面に立たされるのが総括製造販売責任者である、なんと、私なのです。

仕方なく、薬務課にアポを取り、県庁に出向き「弊社で製造販売している医薬品に、承認申請書に記載した有効期限を満たさないものがあることが明らかになりました。弊社としては当該医薬品の回収を考えておりますが、如何でしょうか」といった内容を薬務課の職員に伝えました。

薬務課からは、安定性試験のデータの提出、有効期間を満たさないことの原因とそれに対する対応策等を報告書としてまとめ、期限付きで提出するようにと指示が出されました。

この一件について、私は最大限、薬務課の指示に従い、可能な限り誠実に対応することにしたのです。

■この事件を通じて感じたこと

結局、薬務課は、最終的に不備のあった医薬品の回収を命じてきましたが、このことを理由としての査察は行わないと通知してきました。

ただし、査察は入るが、それは回収に伴う査察ではなく、通常行っている通例的なものである。と会社への嫌悪感は示さなかったのです。

これはきっと、不備に対して向き合う、当社の誠実さが薬務課に認められたための措置だったと思っています。

このことで私が感じたことは、法律やそれを司る行政は、企業を縛り付けるためではなく、企業が正しく操業し、法律に適った製品を提供出来るように指導してくれているということでした。

要するに、捏造や、隠蔽をすることなく、誠実に嘘偽りなく相談すれば、決して行政は鬼ではないということでした。

ただし、不誠実な素振りを微塵でも見せれば、きっと牙を剥いてくるのでしょう。

■当時を振り返って思うこと

私は若い頃に一度、転職を誘われたことがありましたが、その頃は勇気がなく断ってしまいました。

この転職では、大変に苦労もしましたし、ヒヤヒヤな思いも随分とさせられました。しかし、自分としては、そのまま前職に残っていたら経験出来なかった多くのことが経験出来のだと、言い聞かせては納得しています。

「寄らば大樹の陰」という諺ももっともですが、人生の中で、一度ぐらいは冒険をしてみるのも悪くはありません。