集会に来なくなったから、あの人は○○だね。
あの人は背景にあれこれだから、ずっと長老になれないよ。
あの姉妹は○○してたんだって。
エホバの証人のくだらない小さな組織の中で、本当にくだらない世間話をしてる人がいた。
傷ついた人を慰め、癒し、仲間に受け入れましょう。というエホバの証人の口先だけのものみの塔記事や講演には何の意味があるのだろう。
まったく無意味である。全く実践されていないからである。
生活の為になることを教えてもらえるどころか、人としての尊厳を削られ、世界の小さなおばさん姉妹、おじさん兄弟、頭の固い長老という(リーダーになりたがりな)兄弟たちによくわからないエホバの証人ルールみたいな圧力をかけられる。
貧乏を美徳とし、寄付をすることや組織のために自分をどこまでも捧げるなら褒められる。
そんなの普通に生活できないでしょ。
毎日が苦しいよ。
みんなで美味しいご飯だって食べられない、自分にご褒美なんてもってのほかだ。
エホバの証人やってて何が幸せなの?何が得なの?
こんな気持ち、エホバの証人の誰にも相談できないっていうのがなんとも最悪だよね。
エホバの証人って、どういう宗教なんだろうね。