はかり私の悲しみは私しか知りえないのだろうか。私の悲しみは私固有の悲しみなのだろうか。だとすると、私の悲しみを理解できる人間はこの地球上に存在しないことになる。〈屁理屈〉確かにそうだ。もともと悲しみを量る物差しはない。だから「悲しい」人には精一杯、寄り添う。例え自分の悲しみが、その人の悲しみより明らかに深いとしても。誰か、悲しみを量る物差しを発明して下さい。なるべくはやく、ね。
心を撃ち抜く詩「一番の勇気はいつの日も 自分らしく素直にいきること」 渡辺美里「悲しいね」より私はこの一節に衝撃を受けました。勇気とはもっと崇高で難しい行為だとばかり思っていたので呪縛から解放された気がしました。自分らしくー自分らしく生きてもいいんだ!私の心は弾みました。自分らしく素直に生きることが勇気につながって行くーこのことの喜びは正しく私に勇気を授けてくれました。渡辺美里さんの詩の世界はとても繊細でかつ力強い。迷った心の答が歌の中にたくさん埋もれている。あなたも彼女の魂の詩、歌を聴いてみませんか?
咲いた駅から自宅までの途中に公園がある。桜が終わり公園の賑わいも落ち着いた。と思 っていたら公園の少し端の花壇では、赤と黄色のチューリップがピンと背中を延ばして咲いていた。チューリップはなんて愛らしい花だろう。心がウキウキきしてくる。スキップしたくなった。けれど、さすがに恥ずかしかったので気持ちだけスキップした。チューリップの球根、買おうかな。