はかり私の悲しみは私しか知りえないのだろうか。私の悲しみは私固有の悲しみなのだろうか。だとすると、私の悲しみを理解できる人間はこの地球上に存在しないことになる。〈屁理屈〉確かにそうだ。もともと悲しみを量る物差しはない。だから「悲しい」人には精一杯、寄り添う。例え自分の悲しみが、その人の悲しみより明らかに深いとしても。誰か、悲しみを量る物差しを発明して下さい。なるべくはやく、ね。