世の中が荒れ狂う

傷ついた人々

傷つけた人々

傷つかない人々

島国の憂鬱

それでも季節は変わる

自然の自然ななりゆき

自然の寡黙な警告

たかが人の驕り

いまだに自然に逆らう選択をする

天上人か悪魔か

それより

今は

彼女のことが

一番 大切


世の中との関係より

あなたとの関係

繋がっていたい

いつも隣で

実体はなくとも

守りたい

もし今

夢や敵が

彼女を苦しめるなら

せめて一緒に


心の「手」を引いて

どこまでもどこまで

走り続けたい

松葉杖が辛いから

背負って

走るさ

あなたの

重みの確かさを

感じながら

走ろう

そういう自分で

いつまでも

ありたい


希望が絶望になる

その変化は

ありふれている

絶望が希望に

変わる瞬間を

見たことがあるかい

私はある
高校や大学時代に女性と付き合うと好きな食べ物とか、好きなファッション、好きな映画、好きな本…

すべての価値観を共有したい、と無理して合わせてやがて疲れてしまう。

今でこそ可笑しいが、その時は必死だったのだ。

価値観をすべてでは無くとも合わせるのは難しい。

でも、価値観の違いなんか大した問題ではないのだ。

そう、表面的にしろ深いところにしろ、むしろ合わない価値観をお互いに尊重しあえれば何も問題はない。

では人と人が理解し合える究極の「価値観」は何か。

それは、その人の「根っこ」が好きか、認められるか、尊重し合えるか。

そういうことだと私は思うし感じている。

もっと分かりやすく表現すると価値観の共有ではなくそれぞれの人としての「魅力」を認め合うこと…かなぁ。

どんなに生きて来た境遇や育った環境が違ったり様々な違いがあったとしても、出会ってお互いの「根っこ」が同じだと理解し合えば、言葉は多くはいらない。

悲しいことは表面的なことしか見ずに平気で人を判断し更に自分の価値観を押し付け気に入らなければ躊いなく傷つける。

悲しい。私自身も理不尽を悲しく思う。

しかし、更にに悲しいことは傷つけることが平気で出来て相手の痛みを知ろうとしない人の多いこと。

私は傷つけられた。

でも私は傷つけたりしない。


しない。