「死にたい」という気持ちは「共鳴」しやすい。

まだ、今生きている世界に対する「覚悟」は、そう「生きる覚悟」をするのは難しいのかも知れません。

「死にたい」というあなたに「人は、いずれ死ぬのだから焦らないでいい」という。それは、ただの屁理屈です。本当にそう思って言葉を発している訳ではありません。

あなたに生きていて欲しいんです。私もです。

「死」ということ。そして「生」ということ。そのどちらも誰かの考えに左右されてはいけません。

何故ならあなたと誰かの人生、悩み、苦しみは全く違うからです。

あなたがコメントした人とあなたの「死にたい」と感じる心理は全く違います。

「死にたい」というキーワードどだけで共鳴しないで下さい。

あなたはあなたです。

安心して下さい。私も当時は「殺したい」と思った奴は山ほどいました。世の中のありとあらゆるものを呪いました。

許せない奴、許せないことがたくさんありました。「言葉」で殺されかけました。

私はコメントに書きましたよね。

私の手を引いてくれた友達のこと。

彼は私に何も聞きませんでした。

ただただ、いつも側にいてくれました。その彼の行動は百の言葉より私の「死にたい」という気持ちを鎮めてくれました。

私には、あなたの「死にたい」という気持ちを消せるだけの言葉はありません。

でも、だからこそ、あなたの傍らにちょこん、といつもいることを伝えました。

言葉ではなく理屈でもなく…。

私はあなたの側にいます。傍らにちょこん、といます。そして、あなたは私の心の中にいます。

偉そうに言います。

言葉で傷つけられたあなたを癒してくれるのは言葉ではないものなのだと感じています。

しつこいですが。

私は側にいます。

傍らにいつもいます。