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亡くなられたかたの御冥福をお祈りします。
つらい思いをなさっているかたがた、とくに、幼いお子さんたち、
つらさが癒されてほしい。
お住まいが快適であっつほしい。
お仕事があってほしい。
ご家族との心が、つよく結びついてほしい。
尊厳が守られてほしい。
心が、癒されてほしい。
からだが、お元気であってほしい。
強く、思います。願います。行動したいです。します。
私の父は、防衛産業に携わっていました。若い頃は、危険を伴う演習に立ち合う事もありました。
ですから拓哉くんが演じた「ヤマト」は、冒頭から冷静に見ることができず、
ラストシーンも、かなり重い形で心に残ってしまい、「感動」などという感情では、到底片付けられないものでした。
2回目を観に行くまで、かなり心のなかで葛藤があり、
結局上映期間中、ラストぎりぎりにようやく2回目を観に行き、
自分にとって、「防衛」というものが、どれほど、大きな存在かに気付いたという意味で、忘れられない映画になりましたが、
その矢先に、あの震災。
自衛隊のかたがた。それに、かつて(定年したいまも、少しだけかかわっているようですが)かかわっていた父への誇り。
誇らしいです。強く強く誇りを、感じます。
でも、それだけではおわらなかった。
私の祖父(故人)は、地方電力会社で、火力と原発の仕事をしていました。
とくに原発とのかかわり方は、かなりガチなほうです。
祖父が定年した春休み、母と帰省していた私に、祖父は定年祝いの原発の額縁入りの写真(時計盤付)を見せてくれました。
それからずっと、(定年後勤めた会社も辞め、引っ越すまで)祖父の家の壁に、当たり前のように、それは飾ってありました。
誇りがなければ、飾らなかった筈だと、今は思いたい。
幼い頃から自分にとって、
防衛(自衛隊)というものは、
ほかの方々よりは ほんの少し身近であり、
しかし、本職の自衛隊の方々ほど近くはない存在でした。
原発もそうです、
私にとって、産まれた時から、
ほかのかたがたより、ちょっとだけ心理的距離が近く、
しかし、実際に原発の近くにお住まいのかたがたにとってのそれよりは、実はずっとずっと遠くにあったのだということを、
哀しく思い知った事故(事件)でありました。
震災が起きるまで、私にとっての「原発」とは、
(方便ではなく本当に)もうそろそろ、作らなくていいものであり、
「原発事業」とは私にとって、いつかは他のエネルギー手段にとってかわり、どうにか軟着陸して永遠に終了してほしいもの
でした。
簡単にこんな事を言えないのは知ってます。
ましてや、私のような立場が、どの口でも言えやしない事であるのは知ってます。しかし、かなうならば、個人的な考えとしては、
原発は、もう要りません。祖父の功績のほんの一部が、
消えてしまって構いません。
私の親を育て、私の親の故郷に、火を灯してくれたから。
尻切れとんぼな文章になってごめんなさい。
日付がかわる前に、一旦送信します。
そして、私の立場から言えることは、
ただただ、
申し訳ありません。
このブログに対して、9月9日にいただいたコメントに、
9月10日にお返事させていただいたのですが、
今回、コメント欄を閉じるにあたって、それを(私が書いた返信コメントだけを)、
こちらに書き写させていただきます。
今回は、こんな私の駄文(駄レポ!?)を、お読みいただき、ありがとうございました。(^-^)/
[09月10日 06:34 記述]
コメントありがとうございます。コメ返遅くなってごめんなさい。
誤解を招くような書き方をしてしまって申し訳ありまん。
こういう事を書くのは、かなり偽善ぽいので、どうしようかと迷いましたが、
私のレポの書き方が、かなり乱雑でありまして、
コメントにお書き頂いたような印象をお持ちになるのは、当然であり、無理もない事ですので、
お詫びも兼ねて、追記致しますm(__)m
私自身は、震災前から、習慣として、募金や寄付の類は、主として銀行振込で行っており、
(あとは、おサイフケータイにお金をチャージして、サクッとメール募金するもあります。ワンタッチで出来るので、らくちんです)
そしてそれに加え、コンビニや公共施設等にある募金箱にお金を入れる時は、
小銭入れの中の整頓も兼ねて、その時持っている一円玉を全部入れる、と、震災後決めて、細々と実行してました。・・・だって、照れ臭いんですもの(大汗)。
「店員さんと気持ちのいいコミュニケーションをとるために、あえて店頭募金を積極的にする」という拓哉くんの境地(昔ラジオで、そう言ってたような??)には、まだまだ、たどり付けそうにありません(汗)
私自身、銀行振込とかで、震災前から、ささやかではありますが、
拓哉君&メンバーのお誕生日等々の、SMAPにまつわる記念日に、募金をするようにしています。
ヨン様ファンの方々がやってるらしいと聞いて、真似しようと思いまして。
・・・っていうか、それをやっておくと、毎日平穏無事に過ごせそうな気がしまして(汗)
はい、ゲンかつぎの意味合いの方が強いですm(__)m (昨日もしました。デビュー記念日でしたので)下心アリアリなのが、ばれてしまいましたね。
書きにくい事を、ちゃんとお書きくださり、ありがとうございます。
本日の時点では、一応私の携帯からのアクセスはOKです。
あちこち操作しまして、少しアクセス改善されたかもしれません。m(__)m
また、つながりづらい事ありましたら、ご指摘いただけましたら幸いです。
SMAP CDデビュー20周年おめでとう!
いつもありがとう!
(この後、ライブです。メンバーはお着替えのため、一旦退場。
お着替えの間、モニターに、過去のSMAP映像が流れます♪
Can't Stop~発売直前のインタビュー映像からはじまり、
歌っている映像を20年分。勿論、掻い摘んでですが。)
ライブ始まります。
がんばりましょう
この瞬間、きっと夢じゃない
オリジナルスマイル
(歌い終わりライブ後)
拓: この距離感は、いいね。
(最後のあいさつ)
慎: これからも、SMAP嫌いにならないで(笑)、ついてきてね
つよ: 今日は雨の中ありがとう
ごろ: 本当に今日は、御足元の悪い中、ありがとう
拓: 20年やってきて、皆(=ファン)は、僕らの良い所だけでなく、悪い所も知っている、そんな仲。
もし良かったら、これからもおつきあいください。
中: 俺は忘れない・・・皆のピカピカの(?)笑顔・・・むき出しの歯茎・・・
これから、俺らは、どんどん加速して、突っ走っていくから・・・
ついてこないで!
客席: えぇ~~!??
中: 嘘だよ(笑)。追いかけてきてください!ありがとうございました!
中: さて、この後握手会ですが、いつもより人数が多いので、スムーズに遂行できるよう、係りの人の指示に従ってください。
いつもよりも(スピードアップして)早く行います!(客席「え~!?」)僕ら新幹線でかえらなきゃいけないんですッ
(握手会)
握手会は、夢のようなひとときでした。
壁(ついたて?)を超えた瞬間、
もう、その瞬間の印象は、
「うわ実物大!!(*・Д・)」(プラモデルか!)
「うわ、お手手、分厚っ!指逞しっ!!!」
ただ、あまりに心残りなのが、私自身「あわわわ・・・(焦)」となってしまい、
一言も、話しかけることができなかったことです・°・(ノД`)・°・
失礼だったよなぁ~(*´Д`)=зきっと。
ただ、そんな私ですが(←どんなお前だ)ww、
拓哉君は、順番的に、一番最初に握手してくれたのですが、
力強く、ぎゅっと手を握ってくれました。
幸せです(●´ω`●)ゞ一番力強かったかも?
しんつよは、とっても眼差しが優しく、
ごろちゃんは、「ありがとう」と言ってくれ(いや、つよぽんだったか?これすらうろ覚え~m(_ _ )m)
中居君は、握力は一番優しかったけど、
一番、長い時間握ってくれましたo(*^ー^)ノ
フラフラになって、その場を離れたら、募金箱があったので、
んぼ~っとした頭で、財布の中にあった1円玉を、全部(5枚)募金しました (お布施か!)
↑(追記)ここの、募金に関する文章で、誤解を招く書き方をしてしまったようで、申し訳ありません。
ご指摘をいただきました。改めてお詫び申し上げます。
このことについての、私の考え等は、2011年9月14日の記事
に、書き写しました。
本当に、これが、どれほどの幸運だったか、
自分で ちゃんと認識しているつもりでしたか、
日が経つにつれ、その幸運を、再々認識する日々です。
拙いレポでしたが、少しでも冷やかしでも、ご覧いただければ、幸いです。