市販の割り下で、すき焼きを作る場合、割り下が少し濃すぎる場合があります。

その場合は、水で薄めずに、すき焼きの具の野菜の一部をいれて煮てしまいます。

すると野菜から出た水分で、割り下が薄まります。

野菜を取り出し、

多少薄まった割り下で、まず肉を軽く煮ます。

すると先に肉に味が付きます。

煮た肉は取り出しておきます。

そして、割り下で先に肉以外のものを煮ます。

その際に、先の野菜を戻します。

野菜などに味が染みたところで、

肉を戻し、全体を一緒に煮ます。

そうすると、肉に火が入りすぎず、

肉は野菜のうまみも吸っているのでおいしいすき焼きができるのではないかと思います。

(実はまだ、試していないので試したら、また報告します)

 

誰にもまねできない発明

実は大学の恩師に年賀状を出したら、

「誰にも、まねできない発明を考えてください」という返事がきました。

実は誰にも、まねできない革新的な発明は特許をとる必要がないのです。

具体的な例は、ニコラ・テスラの発明です。

ニコラ・テスラの発明は、アインシュタインでも理解できなかったと聞きます。

そして、今も実現されていません。

つまり、誰にも理解できなくて、実現できない発明は特許出願する意味がないのです。

逆に、誰でもすぐに理解できるが、皆が思いつかなかった発明については、

すぐに特許出願する必要があります。

 

昔、熱帯魚を飼っていました。

 

 熱帯魚はネオンテトラがきれいです。 

 

エンゼルフィッシュなんかも水槽に入れていました。 

 

ある日、少し大型な熱帯魚を買ってきて同じ水槽に入れました。 

 

なにかエンゼルフィッシュの数が徐々に少なくなってきているように感じました。 

 

ふと、水槽をみるとその大型な熱帯魚がエンゼルフィッシュを周りの水ごと吸い込むように飲み込んでいました。 

 

一瞬なので、他のネオンテトラは気が付かなかったでしょう。 

 

そう、その大型の熱帯魚は肉食だったのです。 

 

このように同じ水槽に入れてはいけない魚がいます。 

 

人間の世界に例えれば、共生ができないということになります。 

 

どんな人でも共生ができると思うのは大間違いのような気がします。

 

こんなこといいな♪

 

できたらいいな♪

 

これはドラえもんの歌詞ですが、こうすればできると思いつくことはありますよね。

 

例えば、靴入れが十分でない、

 

でも、一足の靴を 一つを上下さかさまにして互い違いにして、入れれば、

 

一足分のスペースで収まります。

 

こんな感じのものが特許になったりするのです。

 

 

ダイソンのサイクロン式の掃除機は有名です。

 

実は、サイクロン式の集塵機は製材所で使われていました。

 

木材を切ったときに、おがくずが出ますが、それを回収するためです。

 

開発者は、フィルタの目詰まりによりすぐ吸引力が落ちてしまうことを嘆いていたといいます。

 

そこで、開発者は、製材所で使われていた集塵機を掃除機に応用したのです。

 

 

必要は発明の母といいます

 

また、思考は現実化するといいます。

 

何とかしたい、何とかしよう という思いが

 

現実化して、新しいものを生み出すのだと思います。

 

 

 

「働かざる者、喰ってヨシ!!」という

 

投稿をLineにながしたところ、「どうやって働かないで、たべてるのか教えて下さい」と

 

いう返事がきました。

 

自分の思考が現実を作るという観点では、「働かざる者、喰ってヨシ!!」と

 

思っていると、自然に、自分の食いぶちが見つかる環境が見つかります。

 

一方、「働かざる者、喰うべからず」と思っていると

 

そのような環境を引き寄せてしまうのです。

 

 

私は、「働かざる者、喰ってヨシ!!」と思っていますが、

 

身近な例でいうと、庭にニラが生えてきたりします。

 

モヤシを買えば、立派なニラ炒めができます。

 

 

豚バラがあれば、最高ですが、なくても非常においしいニラ炒めができます。

 

モヤシがなくとも、たまごがあれば、おいしいニラ玉ができますよ。

 

 

要は、工夫次第ということです。