明日で3月が終わります。
生徒が3人社会人になります。
私が大学四年生の時は就職氷河期で、社会に出ることを阻まれた様な苦しい時でした。
何とか遠回りしながらも社会に出て、よっぽどのことがない限り、生涯やり抜こうと思えた仕事に着き、仕事と真摯に向き合っていたにもかかわらず、気付いたらダンスの比重がとても重くなっていました。
会社とダンスの間で揺れる中、初めて大々的な生演奏で踊るイベントの話が来て、その打ち合わせの日、震災があったのを思い出します。
震災の自粛モードの中、踊ることに、罪悪感を感じ、芸事の儚さを思いながらも、その後結局私は、ダンスの道を選んだ訳です。
踊りで生きていくということは、大変なことだと周囲に咎められることは幾度となくありました。
それは、芸がお金になること自体一握りの選ばれた人であなたにその才能が本当にあるのか??と、いう意味で苦言されることが多かったのですが、そこは、ある部分では努力でなんとか追いつくこともできるのは事実です。
もちろん本当に頑張らないといけないのだけど。
実際は、何もないところから、自分が1から始める立ち上げの難しさ、そして芸事の社会性、人の役に立つことの理解を広めことが大変です。
でも、大変なことはわかっていました。
そして、ある意味余裕の上に成り立つのが芸事であることもわかっております。
だからこそ、どんな大変な局面でも、わかっていたでしょ?と、自分に自問自答することができるのです。
きっとこの先も、踊り続ける以上、何度も大変なのはわかってたでしょ?と、自問自答することがあるに違いありません。
その上での自分の選択です。
ただ一つ、ダンスは人の救いで、宝物になり得るものです。
なので、私が踊り続けることで、私の周りの大切な人たち、大切な大切な生徒たちが苦しむようなことになるなら、それは本来のダンスの姿ではなくなるので、踊ってはいけないと思っています。
でも、今は、深く考え感じながら、頑張る。
新社会人の3人は、この混乱の中社会に向かっていく訳ですが、彼女たちのダンスが目を見張るように上達する様を見て、しっかり生きていける子たちだなぁと思っています。