2026 7/27 @silkroadcafetokyo
8年3ヶ月前に独立して走ってきた。
当時は母の死が癒えぬまま、母の死を許せず、受け入れられず、怒りと憎しみをひたすらに踊りにぶつけていた。
自分の死ぬ日まで生きるしかないと悟りながら、がむしゃらにスタジオも作っていった。
色んな出会いと別れがあった。
一人一人の身体は当たり前に違い、それと向き合うことで、個人との関わりの尊さを感じる日々の中、生徒の成長とともに私もここまで育ててもらってきた。
でも、気がついたら、何か物凄く大切なものが自分の中から削られてるような感覚が湧いてきていた。
それは突如きたわけではなく、疲れが取れない感覚がじわじわとあり、何か重たいものがずっと乗っかっている感覚。
生徒たちが上手くなればなるほど、より私の細部を渡す必要がある。手取り足取りは肉体的な疲労が強く、より高いテクニックの指導となると、もっと芯の部分を渡すので見えないものが失われていたのだった。
今年の5/24の周年イベントで、私はそれにハッキリ気がついた。
自分の練習の時間を取っていても気力が出ない。
本番のリハーサルで混乱して踊れなくなる。
終演後、生徒たちの充実して輝いた表情を見、お客様の生徒たちへ向けた愛ある言葉を聞いたとき、いつものような喜びは隠れ、自分の中の辛さと苦しさと悲しみが湧き上がってきた。
まずいと思った。
私は教えることが大好きだ。
生徒たちは宝物だ。
スタジオは私そのものだ。
でも、このまま、パフォーマーとしての自分を後回しにしていたら、私は死ぬと思った。
休もうと思った。
レッスンを休もうと思った。
自分の為に踊ろうと思った。
東京を離れた。
スタジオの話をしない3日間。
帰ってきて、自分のためのレッスンを受けた。
一週間休み、スタジオに戻ったとき、もうそれだけで、気持ちが軽かった。
残りの一週間、7/27の自分だけの本番に向けて、自分に集中したいという欲求がメラメラ湧いてきた。
本番、技術の反省は多いし、音楽的にも悔しいところは満載だけど、こんなに自分と向き合えたのは本当に久しぶりで、ダメも良いも、丸ごと純粋に引き受けられて、それが嬉しかった。
10年以上私を観てくれてる2人が別々に同じことを言ってきた。
「昔のラミーシャを思い出した」
「初めてラミーシャを観た日を思い出した」
何も背負わず、帰る場所もあり、属する組織もあり、親も生きていた。そんな私がただ好きというだけで全エネルギーをダンスに放っていた時を思い出してくれたというのは、私にとってとても力強い言葉だった。
もっともっと上手くなりたい。
また、一からやり直すくらいの気持ちで自分の踊りを磨こう。
そして生徒たちにも全力で向き合い続けたい。
月曜日当日、生徒たちがたくさん観にきてくれた。
一人一人に心の中で言葉をかけている。
みんながいるから何回も超えられるものがある。
また頑張る。
いつもありがとう。
ありがとうございました。


