なでしこ祭を通して



私は「傍観者」であることが本当に嫌だった。なんにでも首を突っ込みたいタイプというか、何かの媒体を見るといつも真っ先に「私もやりたい!」という感情を抱く。とにかく、なにかに関わりたかった。
そんな性格がもたらしたのか、私は合唱部として、後夜祭ではMCとして、人前に立つことになった。度胸もないが、もしかしたら目立つことがすきなのかもしれない。普段おとなしいくせに、文化祭とかそういう機会に爆発する不思議なタイプ。いや、それはないな、案外普段も爆発してる。

本当に感謝したいのは、私のそんな傍観者であることが嫌だということから生まれた企画に乗ってくれたMCの皆だ。そしてそんなMCにばかりかまけて何度かサボってしまったにも関わらず怒らずに頑張れと言ってくれた合唱部の皆、全く手伝えなかったのにお疲れさまでしたと声を掛けてくれたクラスメートの皆にも、本当に感謝してもしきれない。

小道具無くしちゃったり、暴言吐いたり、号泣したり、悪態の限りを尽くしたにも関わらず、一緒に探してくれたり、うんうんって宥めてくれたり、側にいてくれたり、本当にありがとう。

準備期間がモロにアレ前のイライラ期間に被ってしまって、それが当日も爆発してしまって、自己嫌悪で落ちてしまいそうだったけれど、私の理性は他人との「会話」で保たれていた。しみじみと、ふざけてくれる人がいるっていうことを実感したなでしこ祭だった。
人との関わりって、正直面倒だなあという思いもあった。境界線が曖昧で、こわくて、友達という概念がわからなくて、私は友達いないな、とたまに感じていたが、廊下歩く度におつかれさま、と言ってくれる、名前を呼んでくれる、よかったよーと言ってくれる、そういう人たちのことを「友達」って言うんだなと、当たり前のことに気がつけた文化祭だった。遅いね、ごめんね。挨拶するたび友達増えるねって、案外まんざらでもない気がする。

傍観者が嫌だと言っておきながら、私には当事者になるため踏み出す一歩がわからなかった。勇気がなかった。手を引いてくれたのは、私じゃない、周りの皆だ。

一緒にやってくれてありがとう。
混ざってくれてありがとう。
混ぜてくれてありがとう。
私を傍観者から引っ張り出してくれたみんなに感謝です。
やりきった感はないけれど、後悔してないといったら嘘になるけど、楽しかった。
もっと一緒にふざけたかったというのが本音。
準備期間にふざけた話をしていた時間、とても楽しかった。
もう受験で、テスト勉強の面子も揃わなくなっていって、疎遠になるんじゃないかって怖かった。
このまま廊下ですれ違うだけの仲になるのが寂しかった。
けど一緒にやってくれて、嬉しかった。
楽しかった。
暖かい場所から飛び出す勇気を無駄にしたくない。
私はお前らの一番の応援者だ。
なにがあっても味方だ。
それでたまに側にいさせてもらえたらもう、なにも要らない。
そう思える。
愛してるぞ。

声を掛けてくれる人がいる限り、一緒にふざけてくれる人がいる限り、私は、そこで永遠の当事者であることを許されている。そう思えた。

なんだかんだあっても、結構いいなでしこ祭でした。
いままでで一番、すごく「青春」してるって実感が大きかった行事だった。

楽しかった。
ありがとう。


さんねんにくみえづれさき
(作文風)