全てを赦すような歌声。

その旋律が奏でる聖母マリア。

その無償の愛を支える、ひとつの”裏切り”。

その元凶は、ケロイドの過去から

産み落とされた”醜いマリア”。

その哀れな優しさによって導かれた深い闇は、

自我を破壊した。

しかし彼女は誰を恨むわけでもなく、

ただひたすら、”罪”に怯えながら

”真実”を求め続けている。




「十八の時に一人暮らしを始めたの。

 でも学生だったのに仕送りなんかなくてさ。

 毎日のように援助交際して、生計立ててたんだ。」



シャワーから出てきた彼女は、

まだ潤いの残る肌に服をまといながら静かに口を開く。

ぼんやりと視点を定めない瞳が、

一瞬閉ざされた。



「そこで…、出逢っちゃったんだ。

 あいつと。」



力強い呟きに、微かに混じる溜め息。

恨むとするならば、

全ての始まりとなる”出逢い”なのだろう。

拭き逃れた雫が彼女の首筋を伝う。

それに触れようと伸ばした手に優しくキスをされた。



「一瞬で惹かれたの。

 壁を取り払うような安心感。

 女性に合わせてくれるセックス。

 元カノさんとの別れの話。

 何より、あたしの傷に嫌悪感を示さなかった。」



隣に座ってきた彼女はタバコを手に取った。

”あいつ”の話を始めた途端、

今まで見た事ないほどの柔らかな微笑みを浮かべている。

何が起こってきたのかはわからない。

ただひとつ、確信できたのは…、

彼女はまだ、”あいつ”の事が好きなのだろう。



「頻繁に会うようになったら、

 いきなり遠ざかった。

 元カノさんと別れた理由、

 誰にも言えない秘密…。

 突き放されれば突き放されるほど、

 恋しくなってすがりついた。」



少しずつだけど、見えてきた。



「そこで産まれたんだね、

 ”醜いマリア”が。」



そのコトバに反応し、

哀しげな目でこちらをチラッと見てきた。

ゆっくりと溶け出した煙の後の沈黙。

彼女は独り言のように小さく言った。



「後はどんどん、

 堕ちていっただけ…。」



ひらひらと小さな灰が足元に落ちていく。

自分でも、

一体何が知りたくてここに来たのかわからなくなっていた。

すごく知りたかった。

聞きたい事はいくつもあった。

なのに何のコトバも、今は出てこない。

”嘘”と”罪”…。

マリア…。

裏切り…。

ねぇ君は、

一体何を見てきたの?



「たくさんの闇を見てきた。

 裏社会を目の当たりにしてきた。

 男と女は脆いと感じた。

 金と体の関係は浅はかだと嘲笑できた。

 傷痕は…、逃げたらいけない。

 苦しみは…、恨んだら負け。」



綺麗で歪んだコトバに聞こえた。

核心…。

それは、”あいつ”が彼女に与えた餌なんだ。

その餌で、その秘密で、

醜いマリアは見る見るうちに成長していった。



「一番最初にあいつがあたしを突き放した時、

 最初の最初なんだよ?

 自分の秘密を叩きつけてきた。

 あたしが傷付く前に突き放そうとしてくれたのに、

 あたしがそれを拒んだ…。」



細い指がタバコを揉み消す。

左肩に微笑むマリアが小さく震えていた。

叩きつけられた秘密、それは…。



「”最後に打ち明けます。

 俺は覚醒剤依存症―――。”」



堪えきれずに溢れ出した彼女の涙に、

そっと、

口づけをした。