「君の肩に
微笑むマリアのタトゥー
君を抱けば
今生きてると思えた…」
タバコの煙を揺らしながら口ずさむ彼女の左肩に、
そっと触れてみる。
ちょうど、タトゥーの下から過去の痕が繋がっている。
「このマリアはその歌で彫ったの?」
左手首にある繊細な直線までをなぞり終え、
再び彼女の左肩に指を添えながら問う。
彼女は無邪気に頷いた後、
「”歌で彫る”って、いい表現だね」と微笑みながら
タバコを揉み消し、目を伏せた。
あぁ…、なぜだろう…。
乱れたシーツの上、
彼女の背に腕を回し抱き寄せる。
なぜなんだろう…。
何も言わずに身を委ねてきてくれる、
きっと彼女はわかっているんだろう。
穏やかになっていく鼓動、
肌で直に伝わる体温、
ふと背に感じる小さな両手、
応えてくれる温もり…。
愛しい…。
気が付くと、
腕の中が何やら騒がしかった。
長いこと同じ状態のままでいたらしい。
身動きのとれない彼女は手足をじたばたさせている。
「あ、ごめん。」
回してた腕を緩め、顔を上げると目が合った。
「リュージっ、タバコー。」
お菓子をねだる子供のような目で、
大人な欲求をさらっと告げてくる。
「意外とヘビーなんだね。」
彼女は大きく伸びをしながら、
「これでも減ったんだよ」と胸を張ってタバコを手に取った。
本当は恐かった。
ここに入る最後の最後の瞬間まで、
何の意図があるのか何が起こるのか、
先がまったく見えなかったので、
とりあえず帰りたくてしょうがなかった。
でも彼女はそんな不安感を包み込むかのように、
むしろ消し去ってしまうくらいの、
そんな不思議な安心感を
優しい空間で与えてくれた。
舞い踊る煙を吐き出す横顔が色っぽい。
さっきは子供みたいな目をしてたくせに。
この女性は、本当にいろんな顔をする。
しかもそれは驚くほどに、
偽りを全く感じさせない…。
漂う煙と左肩のマリアをぼんやりと眺めながら、
そんな事を考えていた。
もう一度…と、彼女を抱き寄せようと手を伸ばした瞬間だった、
ふと、感じているものにようやく思考がに辿り着いた。
「君…、恋愛対象として見られないでしょ。」
一瞬彼女の動きが止まる、「はぁ?」と言いたげな顔だ。
だよな…、さすがに自分でも失礼だと思った。
しかし弁解したくても訂正したくても、
言いたい事がまとまらない。
あーでもなくてこーでもなくてね、と
あたふたしている様子を彼女は明らかに面白がっている。
「もぅいいよ、落ち着いて!
あれでしょ?
要はあたしに女としての魅力がないって
言いたいんでしょ?」
怒ったような口調で彼女は言い放ってきたが、
顔はニヤついたままだ。
この様子からしても多分、
彼女は自分でわかっているのだろう。
「君の作り出す、その、優しい空間が…、
魅力はもちろんあるし、
すごく惹かれる女性だよ。
でもなんて言うのかな…、
恋みたいなトキメキは感じさせないんだけど、
包み込んでくれるような大きな安心感がすごい。
本当に…、なんか、”生きてる”って実感させてくれる。」
「”君を抱けば 今生きてると思えた”」
彼女の悪戯にニヤついてた表情が
一瞬にしてほころんで、短く奏でる。
”恋愛対象ではない”と感じた理由は、
まさにそこだった。
女性という枠だけでは足りないくらいの魅力と、
性別を越える優しさと安心感。
その”生”をも感じさせる雰囲気、そして無償の愛…。
それはまるで…。
優しく微笑む彼女の左肩に写る女神。
その女神は彼女にとって、
生誕までを辿っていくと死神へと姿を変えていく…。