我思フ故ニ我在リ~クヤタカ残日録

我思フ故ニ我在リ~クヤタカ残日録

嘘を嘘と承知で信じ込む
煙に巻かれ霞に眩まされ
それでも良いと夢を見る
これは夢だと知りながら
知っていながら信じ込む

西郷と大久保ー永遠の契りー
公演期間:2026/06/17(水)~2026/06/21(日)
会場:あうるすぽっと(東京都)

製作総指揮:倉科遼
演出:荒木太朗
脚本:倉科遼、荒木太朗
演出助手:根魏山リョージ

CAST
西郷隆盛:田村幸士
大久保利通:佐藤弘樹
桐野利秋:賀集利樹
愛加那:酒井法子
西郷糸子:棚橋幸代
岩倉具視:鈴木つかさ
島津久光:赤沼正一
篠原国幹:渡辺啓太


<あらすじ>
西郷隆盛と大久保利通―
幕末期、薩摩藩の同じ町内で生まれ育った幼馴染。
互いに手を携えて徳川幕府を倒し、明治維新を成し遂げた大功労者。
しかし明治維新は成し遂げたが、日本中の武士達は明治新政府からのあまりの冷遇に不満の声が挙がる。
征韓論で新政府と対立し下野した西郷に武士たちからの決起の期待が高まると、武士の存亡を賭けた「西南の役」が勃発する。
しかし、その「西南の役」には裏があった。日本のどの歴史書にも書かれていない西郷と大久保の二人だけの密約…永遠の契りが―

 

劇団シアターザロケッツ主宰の荒木太朗氏が演出を担当するということで本作のことを知った。
同劇団の前作「わたしのおばあちゃんは遺言ビデオを撮りたい」の主演、鈴木つかさ氏も出演されるということで、チケットを確保。
日程が他の東京用件と重なっていたことも大きい。
ちなみにその時点では、かつて原宿で夏の海を謳歌していた(可愛かったなぁ渚のファンタシィのMV録画したなぁ)のりぴーこと酒井法子の出演には気づいていなかった(笑)

「幕末から明治維新」については、いろいろな作品(本、映画、テレビドラマ、舞台)を観てきた。
その中で私の基準というか個人的定説のような作品は司馬遼太郎の『翔ぶが如く』だ。
気を抜くとその小説を正史と思い込んでしまうので気を付けなければならないほどだ。

本作の肝は西南の役が「オイ(西郷)が起つから、オハン(大久保)がオイを討て」という二人の狂言だったとする、製作総指揮と脚本の倉科遼氏が漫画家・司敬として執筆した作品の舞台化というところだろう。
 

西南の役/西南戦争:1877年(明治10年)2月15日〜9月24日
西郷隆盛を中心とした士族軍(約3万)vs明治新政府軍(官軍・約5万8千〜7万)
主な戦地は熊本城 、田原坂(熊本県)
9月24日、城山(鹿児島)で西郷隆盛が自刃したことにより終結


私は福島県郡山市で生まれ育ち、かなり早い段階で白虎隊に出会ったこともあって、物語としては薩長に対し思うところがある。
島津久光が自分はいつ将軍になれるのか?と側近?に訊いたとかいうエピソードは私が忌み嫌うエピソードの1つだったりする。
 

一方で、歴史上の出来事として幕末から明治維新に対するフラットな視点がないわけではない。

観劇前はそんな感じだった。

観劇したのは公演3日目の2026年6月20日、13時開演の回。
南千住に宿をとって、午前中に墓参りに行ってからと思っていたのだが、雨が降っていたので墓参りを断念。

宿からの出発を遅らせ、朝食を抜き、大塚で朝昼兼用の食事をとった。
場所はキッチンABC南大塚店。

カツカレーを食べていたらにわかに店内が騒がしくなり、見るとパンサー向井とチョコプラ長田、元日向坂46の丹生ちゃんのロケ隊が入ってきていた。
さすが東京は違うな。それにしてもこの店、ロケが入るような店だったのか。
 

その後、あてにしていたこの近くの喫茶店にシャッターが下りていたので駅向こうのルノアールでひと休みして都電荒川線/東京さくらトラムで会場へ。
 

座席はA席だったがそれでも前の方で観易い席だった。

観劇後は本説にも魅力を感じた。
日本の近代化と士族の不平不満を抑えるためにそこまでやるかと思うが、西郷隆盛ならやりかねないとも思う。
その場合、大久保利通にも事前に意を通さず、一方的にやりそうな気もするが。
そのあたりは西郷隆盛の人物像について司馬説が私の中に色濃く残っているからかもしれない。

そして注目の鈴木つかさ氏。
関西弁で笑いを誘うネタもありつつ、私好みのスパイスを効かせてくれていた。
尚、岩倉具視は京都の人だと思うのだが、鈴木氏の関西弁と京都弁の違いは私にはよくわからない。

観劇後の感想としては、ちょっと詰め込みすぎ?とも思った。
年末の大河ドラマのハイライトのような感じ。
本来ならテレビ東京でやっている正月の時代劇のような数時間ものでやるような物語のような気がした。
冒頭に奄美大島のエピソードがあったからそう感じたのかもしれない。

会場を出て、再び都電荒川線/東京さくらトラムで早稲田へ。
大学のサークルのOBの集まりに顔を出した。

そこには舞台観劇のことも幕末・明治維新のことも話せる相手はいそうになかった。
とはいえ、他人との会話らしい会話は数カ月ぶり。
例えそういう話が出来る相手がいたとしても、果たして・・・。

会話をしないとボケるのが早いという説がふと思い出された。
こうやって文字をパソコンで打ち込むことは、どれほど効果があるんだろ?