私は麻璃央くん定点なので、基本的に三日月に寄り添って観てしまう。
なんか麻璃央くんの表情が見るたびに変わる気がして、受け取る印象も毎回変わる気がするんだかどなぜだろう?
本人の中で確固たる想いで毎回同じ表現しているのか、その日の相手との空気感で少しずつ変えてるのか?
私の受け取り方もその日のテンションによって左右されるのかもしれない。
例えば最後のアテルイの処刑を見届ける時、
お前はそうだよなと穏やかな表情の後、現実に戻るときや、
ぐっとこらえてか悔し悲しそうな顔をする時や、
無になってどこにもやり場のない無念さの表情に見える時など、毎回受け取り方が変わる気がする。なんだろ?毎回同じなのに私が受け取るメッセージを間違えてるんだろか?
まぁそれはそれで面白いんだけど!
アテルイ、モレと田村麻呂の関係がなんとなく自分の中でスッキリしてきた。
三日月がアテルイたちに「お前たち次第だ」と伝えることで、自分たちの存在意義や誇りを無駄にしないと改めて意思を固めるアテルイ。
だから東北で散るより投降して日本の中心で、朝廷に蝦夷の生きた証を証明して散る道を選ぶ2人。
三日月からいつか戦のない時代が来ると聞いて思い残すことはなさそうな表情に見えた。
田村麻呂も元々非道ではなく、アテルイたちと話してるうちに彼らと共存できると助命嘆願する。
けど受け入れてもらえない。
だから記録しろと言ったのも、自分が良い人として後世に残したいから言ったのではなく、蝦夷が決して蛮族ではなく彼らの誇りと生きた証を残したかったから。きっと共存できる人たちだったと証明したかったからなのでは?
彼ら3人の気持ちは一緒だと言うこと。
そこで大包平が、朝廷軍が蝦夷を追い詰めたこと、だけど救おうとしたことが後世に残ってることを暗に伝えてる。
大包平は田村麻呂の「もしも」を聞いてるから彼なりに田村麻呂を理解してて発した優しさなんだろうな。
私は三日月は歌仙を救う道をループしてると思ってる。つわものの時も三日月は別行動をしていた。今回も。
本来歴史を守るのが使命なのに、三日月は歴史を改変しようとしてる。ただあの時代は資料が少ないので大きな川の流れは変わらないはず。
もしもアテルイたちが処刑前に逃げたら歴史が変わるかもしるない。何かをやり直せば歌仙たちが出陣した時の状況が変わって折れない結果になるかもしれないとかかなと。
だから別行動の三日月を誰も許してないけど、鶴丸と主は見ないフリをしてるのではないかと。
鶴丸は折ってでも連れ戻そうと冗談を言ってるけど。
鶴丸が2回目の出陣彼だけ目的が違う。主との会話に「善処する」と言ってるのも主に頼られてる。と言うか、主と鶴丸、まんばちゃんくらいしかこの目的は知らないか…出陣の儀で羽根を見つめて並々ならぬ想いを込めてるのが印象的だった。
結局今回は連れ戻すことはできなかったけど、これはまだ序章なんだろうな。
この先まだまだ続きそう。麻璃央くんもまだこの先出演してくれるんだろうなと思うと楽しみが増えた。
でも最近までどんどん新しい男士が増えて、それぞれがなかなか出番が回ってこなくなってきてる。加えて最近発表された参騎はまたお馴染みのメンバーと言う。
兼さんは幕末再演を含めたら5作目!
国広としては初演・再演を含めて4作目。まんばちゃんはすでに3作目。
なんか偏ってないかなぁ。1作しか出演してない人もいるよ?(余計な心配をしてみる)
樟太郎くんは事務所移籍で今後出演控えそうな気がする(今回のは前々から決まってたから別)
10周年の節目に何か祭りがありそうな気がするけど、それもきっとスケジュールは抑えられてそうだからそのあたりまでかなと思ってる。
私の杞憂に終わるといいな