著者:繁田信一
発行:教育評論社 2022年
平安時代の状況を数字や著名な人物(道長や安倍晴明など)、年中行事、仏教・寺院など、様々な面からわかりやすく解説してくれる。随所に「大鏡」、「今昔物語」、「源氏物語」、「小右記」、「御堂関白記」、「権記」などを引用し、解説に具体性が加わっている。
例えば、平安時代には僧侶の説法を聞くことが功徳になるとされており、そのため内容がわからなくても平安貴族たちは熱心に説法に耳を傾けたが、一方で楽しみを求めていた。僧侶のほうでも、尊い教えを話すだけでなく、人々を楽しませようとしていたと説明する箇所では、「大鏡」からの引用として、死んだ愛犬の法会の際に、「ただ今や、過去聖霊は、蓮台の上で『ぴよ』と吠え給うらむ」(「今まさに、亡くなったお犬さんの魂は、極楽浄土の蓮花の台座の上で「わん」と吠えていらっしゃることでしょう」)と説いたとの話が出てくる。そういえば「大鏡」にそんな話があったな、と少しうれしくなった。
最終部分では、「『源氏物語』至上主義史観」なる説が展開される。平安時代の歴史に関する碩学が、「源氏物語」への愛情に影響されて藤原道長を完全無欠に近い貴公子として描く「栄花物語」という歴史物語に盲目的な信を置いていると著者は批判している。昨年の大河ドラマ「光る君へ」は道長を好人物として描いているように感じたが、三条天皇の子である敦明親王の皇太子返上の経緯や大河ドラマにも描かれていた定子の産んだ敦康親王を飛び越えて彰子の産んだ敦成親王を皇太子にした件、三条天皇との確執を考えると道長は父兼家にも劣らない権謀術数に長けた人物だと思う。