1970年7月1日(水)、上野発青森行きの列車「特急はつかり2号」が深夜0時過ぎ 青森駅に到着する。と同時に長い通路を大急ぎで歩き、函館行きの青函連絡船の待つ乗り場に向かう。
10分も歩いただろうか、無事連絡船(船名は残念ながら記憶になし)に乗り込み、なんとか横になれる場所を確保する。
船は0時30分出航、船窓に雨が流れ、かつ外は暗闇で何も見えず。眠ったのか眠れなかったのかわからないまま連絡船か午前4時20 分函館に着く。
いよいよ北海道20 日間の始まり。
北海道初めての目的地は神威岬、函館始発列車「急行ニセコ1号」で神威岬の玄関口駅余市に向かう。途中雨が降ったりしていたが窓外の左右に羊蹄山が見える頃には雨も止み、日が晴れてくる。
列車は午前7時8分余市に到着。
この日はまず余市駅近くのニツカウイスキーの工場を見学する予定であったが、門前に着くと『本日創業記念日につき休業』の案内が。仕方なくニツカウイスキー工場の見学は翌日にすることにして、余市駅前からバスで神威岬の入口余別に向かう。
右手に日本海を眺めながらバスに乗ること2時間弱、午後0時前に余別に到着、早速停留所近くにあった北海道1日目の宿積丹ユースホステルで予約を済ませる。
宿泊料金は朝夕食事付きで一泊600円。
と同時に浜鍋という昼食を勧められ頂くことに、浜鍋はその日獲れた魚をぶつ切りして他に貝や海藻や野菜を鍋に入れ味噌で煮込む料理。YHでは酒類は禁止だったがちょっぴり頂く。(現在は知らないが、当時は禁酒。)浜鍋料金250円。
↓2023年訪問時の積丹ユースホステル
(外装は変わっていたが、雰囲気は1970年時と余り変わっていない様に思った。)
昼食後、神威岬へ向かう。
↓神威岬遠目指す稜線
(2023年訪問時撮影)
途中念仏トンネルという洞門を抜ける。 中に入ると涼しい風が吹いて気持ち良い。
というのも北海道も日差しが強く、涼しいと信じきっていた私には不思議な感じがしてならなかった。


