今年50歳になった私自身の人生を思い返すに、大学を卒業したけど就職は長く続かず自営の道を進んで20代でとりあえずたくさん資金ができて親の借金を返し、30歳ぐらいで2ちゃんねるを手掛けて黒歴史を作り、そこからゲーム開発・投資や産業廃棄物業界、希土類貿易をやり、貸したカネが返ってこず担保としていた不動産を引き取ったらクソアパートの大家になってしまい、結婚して子どもが4人できて幸せな家庭を築いたと思ったら親の介護が発生して時間が回らなくなって事業を全部売り、そうかと思えば大学院に通い始めてニッチ分野と思っていた情報法分野でエキスパートに祀り上げられ調査会に呼ばれるなどの公務にどっぷり漬かるようになりました。

 そう考えると学校、というか慶應義塾11年間で学んだことはもちろん大事だったけど、それ以上にどんどん変わっていく仕事の目先のものをより良くこなすために状況を観察しながらどうにかしようと必死に学び続けてきた人生だったと思います。たぶん、これからも蝋燭の火が消えるまで何かを勉強していくことでしょう。

おおたとしまささんに聞く 志望校落ちて得る「果実」 入学前の心得:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASR236WSBR1ZULZU00M.html
子どもの能力は平均に回帰しない|山本一郎(やまもといちろう) #note https://note.com/kirik/n/n79f2f79dfc4a 

 他人様の教育や制度についてあれこれ偉そうに論じる一方、幸いにして子どもたちがまあまあ結果を出していることもあって「より良い環境に」と思っても、なかなかままならないものであります。

 リスキリングの議論でもありましたが、産休・育休中に学びたいという人があったならば公的制度としては選択肢を用意し後押しをするのは当然であって、その間学ばない人の給料が下がると懸念する向きもあったようですが実際には学び続けること、インプットを絶やさないことの大事さは筆舌に尽くしがたく、仮に半年間の育休があったとして本当に学ばないでいて大丈夫なんですか、不安は感じないんですかってのは思うんですよ。

育休中に勉強もしないようなやつ、まずいんじゃないの|山本一郎(やまもといちろう) #note https://note.com/kirik/n/nc08ac8936207

 どこの中学に進学するかに関わらず、また、それが成功であれ失敗であれ、それが次につながる何かに手が指先だけでもかかるのならば人生の前進であり肥やしであって、誰かの言う「学校で教えてくれないことが大事」としつつもそれは自分で学び取り行動に移して試行錯誤しないと人生で沈むことになるわけです。制度的にリスキリングだリカレント教育だと言われるよりも前に、自分は何を知りたくて、どうしたいのかがはっきりしなければ、向学心なんてどこの環境に行ってもなかなか芽生えないものだと思うんですよね。

 私ほど流されていく人生も珍しいのかもしれませんが、それでも成立しているのは環境に適応する力があったからと、少しばかり運が良かったからであって、その根底には面白がったり疑問に思ったりしたことを調べて、知り、学び、行動に反映させるルーチンが備わっていたからだと考えています。人として生まれてきたからには、圧倒的に多い知らないことに手を伸ばすことの大事さと、自分はそもそも何も知らないのだという謙虚さとを抱えながら自分の目で見て、自分の足で進むことは肝要だろうと。

 そんな50歳の父親が思っていることを、ようやく育ってきた子どもたちに伝えて理解してもらえるとは思わないけど、でも受験で得る知識も大事に持ったうえで、その上に何を知ろうとするのか、知ろうとし続けるのかは意識していて欲しいなあと感じる次第。

 画像はAIが考えた「考え続ける人生を選ぶ」画像ですが、なんか小池百合子の住まう東京都庁か大都市岡山みたいなやつになりました…。

山本一郎既刊!『ズレずに生き抜く』(文藝春秋・刊)
https://books.rakuten.co.jp/rb/15879273/
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