あまりにも滅茶苦茶な論考記事が朝日新聞系ウェブメディア『論座』に掲載されていたので、驚いて質問をTwitterでしてみたのですが回答は得られませんでした。Youtubeでも第一報についてコメントしてみました。



 元の記事はこちらです。

「超過死亡グラフ改竄」疑惑に、国立感染研は誠実に答えよ! - 佐藤章|論座 - 朝日新聞社の言論サイト https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020052600001.html
(魚拓) https://web.archive.org/web/20200527093546/https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020052600001.html

 うーん、どこから突っ込んだらいいんだろう。そのぐらい、かなり無茶な記事なのですが、結論から言えば、グラフ改竄などしていない国立感染症研究所にあらぬ疑いがかかり、統計捏造が相次いだ安倍政権への批判とごっちゃになって大迷惑といった趣です。

 そもそも、各都市(東京、大阪など指定21都市)から発表される死亡者個票の集計は概算値であり推計です。説明書きにもそのように書いてあります。

https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/2112-idsc/jinsoku/131-flu-jinsoku.html

 また、「グラフにおける実際の死亡者数は死亡の定義が異なっているため、人口動態統計の公表数値とは一致しません」と書いてあります。本来、死亡者速報についてはおおよそのインフルエンザ等感染症の流行の傾向値を知るために暫定的に公表されているものであって、正確な死亡者数値は約4週間程度を経て修正される前提で利用されます。これは、インフルエンザ等感染症に関連した主訴を持つ患者さんがどのくらい増えそうかや、インフルエンザワクチンの接種可能状況などの参考にするために医療機関がチェックする目的で使うものであって、にわかに話題になったコロナウイルスによる死者推計のための超過死亡者を弾き出すための正確なものではないのです。

 しかも、それらは暫定値であるということは2月の段階で多くの感染症対策医や感染症モデルに詳しい人たちによって中期が為され、Quoraなどでも質問のたびに回答が行われていて、Charlotte Elizabeth Dianaさんも本件については網羅的に「あくまで推計であって、死亡者個票の実数は追加で発表され、グラフも修正される」ことを説明されています。

 ぜひ以下リンクをご参照ください。

日本の「超過死」についての注意事項|Charlotte Elizabeth Diana #note https://note.com/lotta_liz_di/n/n506972308fd6

 そして、Bloombergなどでも我が国の(主にコロナウイルスによる死者であると推計される)超過死亡について死亡者個票の確定値を元に算出された人口動態統計を基準に報じられ、結果として超過死亡は無しという結論になっています。これは、5月26日に発表された人口動態統計速報によって「1ー3月の累計死亡者数は36万8793人で過去5年の同期間の平均を0.7%下回」ったことが確認されたことによるものです。

 当然ですが、佐藤章さんが『論座』で示した国立感染症研究所による「情報の捏造」や不可解なグラフの変化なるものは存在せず、要するに誤報であるという結論になります。

 たぶん、担当者ベースで集まった数字をExcelの自動グラフ作成で出力したものを画像化してサイトに貼ってるだけであって、グラフの目盛りが変わっているのも大した意味はなく、そんなもの棒グラフぐらい普通に読めよという話ではないかと思います。

日本の1-3月死亡者数は減少-新型コロナ拡大も超過死亡確認されず
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2020-05-28/QB0MVSDWX2QB01

 それも、当該記事中に佐藤章さん本人がちゃんとサイトの但し書きを読んで、これは推計であり速報値であるという認識を持っています。推計なのだから、実数が後から報告されればグラフは修正され、より正確な統計(速報)である人口動態統計で判断されるべき(この数字も、死亡月の修正などがあるため、確定するのはもっと後にはなるが、はるかに正しい数字となる)という話です。

[引用]
 国立感染研の説明を読んで、まず念頭に置かなければならないのは、グラフの縦軸にある「死亡数」というのは、実際の「死亡数」ではなく、推計された「死亡数」であるということだ。
--ここまで--

 さらに、当初から国立感染症研究所ではデータの出どころや性質については但し書きがしっかりとサイトに記載されており、記事中にもある通り電話取材で感染研から塩対応されて「木で鼻を括ったような回答」と小見出しにしています。でも、単純にその通りサイトに書いてあることを批判がましく電話取材されたら門前払いするのも当然です。私なら電話ガチャ切りも厭いません。

 これは「安倍政権では統計数字や公文書の改竄の露顕が相次ぎ、問題になっているので、国立感染症研究所でも同様の統計不正が行われているだろう」という取材者の予断によるシナリオ通りに取材を進めて強引に記事を書いた結果、捏造に近い誤報になってしまった、ということではないでしょうか。

 国立感染症研究所も現在目の前のコロナ対策だけでなく、インフルエンザや結核、麻疹など常にある感染症の脅威に忙しいところで、こんな与太記事を朝日新聞系列のウェブサイトに書かれても馬鹿らしくて放置しているのかもしれませんが、こんな公衆衛生にまつわる統計のイロハのところで誤報を流してしまっては駄目なのではないでしょうか。

 結果として、この『論座』ではアクセスランキング1位に君臨し、この記事への反響を見ると「国立感染症研究所は捏造をした」と思い込んだ人たちによる書き込みで溢れています。確かに、この記事の書き方で、医療統計や公衆衛生についての知識がない人であれば、誤報を鵜呑みにして噴き上がるのも当然と言えます。

https://twitter.com/search?q=https://webronza.asahi.com/politics/articles/2020052600001.html

 さすがにこの誤報については国立感染症研究所の名誉のためにも早々に内容を取り下げ、訂正記事を出すのが「誠意」だろうと思いますし、それでもなお捏造なのだと主張したいのであればもう少し納得のいく取材を重ねて論考を練ったうえで主張してもらいたいとも存じます。

 蛇足ながら、感染症対策に限らず保健所や国立感染症研究所については、今回本当に最前線で奮闘してくださり頭が下がることばかりです。先日も、個人的な事情で地元の千代田区保健所に相談出させていただいたときは、大変丁寧な対応を賜り、こちらが恐縮したぐらいです。

 同じく朝日新聞の報道ですが、各保健所では情報のやり取りが紙ベースで、ファックスで個票をやり取りすることがあるという内容が報道されています。ファックスを使うというのはあくまで現象面のことですが、感染症対策が必要であるというときのために、医療に関してはもう少し冗長性の採れる予算や人員の配置ができれば、いざというときに貴重な働きができるのではないか、と思わずにはいられません。

都の感染者なぜ報告漏れ? 集計はファクス、連携できず:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASN5F7F8WN5FUTIL01M.html

 文春オンラインでも記事に書いたのですが、国民の多くの命を奪った結核の問題からずっと、日本の公衆衛生の最前線で戦ってきた保健所の役割をいま一度見直し、然るべき強化をすることもまた必要なのではないかと思わずにはいられません。

根拠なく「緊急事態宣言は要らんかったんや」と言い出す知識人が増えている問題
専門性のある議論は、感染症の研究者や医師に任せましょう #山本一郎 #緊急事態宣言解除 #西浦博 #文春オンライン https://bunshun.jp/articles/-/38122

新型コロナ、日本独自戦略の背景に結核との闘い 対策の要「保健所」の歴史から見えるもの https://www.47news.jp/4844929.html

コロナウイルス対策は功を奏したとしても、他の感染症をどうか忘れないでください|山本一郎(やまもといちろう) #note https://note.com/kirik/n/n6873646519e2

 政府も確かにだらしないし、安倍晋三政権になってから特にデータ、統計に対する信認が失われるような事件が多発したのは佐藤章さんの主張の通りなのですが、だからといって、無原則に根拠なくまともに対策に取り組んでいる人たちを巻き込まないで欲しいという気持ちも含めて、朝日新聞各位や佐藤章さんのご健筆もまた祈念したいと存じます。

山本一郎(やまもといちろう)YouTube
山本一郎既刊!『ズレずに生き抜く』(文藝春秋・刊)
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