昨夜は家族団欒の晩飯を終えて、世間はワールドカップの喧騒に包まれる中、今夜中に終わらせようと思っていた『信長の野望 大志』の信州村上家での天下統一、征夷大将軍就任からの幕府を開くプレイで徹夜を覚悟していたのです。思ったより早く終わったので、歯を磨いて寝ようとして。

 そこへ降って湧いたのが、「Hagex」こと岡本顕一郎さんの突然の訃報。最初は驚いたし、別人なんじゃないかという話も出ていて、ネットに釘付けになりました。彼のことが好きだったし、仕事やウォッチにおける彼の姿勢は真摯で、何より「くだらないことを続けられる能力」が高かった。「まさか」と思っていたことが、報道で彼本人である事実が突き付けられたとき、どうであれテロの犠牲になった彼の魂の平安を祈るしかない立場であることを忘れて、しばらく動揺していました。

 犯人がどのような人物で、どんな動機をもって彼を刺殺したのか、私には分かりません。彼が所属する会社、あるいは個人的な仕事で何かを知ってしまったが故に狙われていたのかも知れないし、ネットで良くいるタイプのキチガイの妄想の果てに不運な巡り合わせで命を落としてしまったのかも知れない。犯人は自首しているようなので、ほどなく事件の概要だけはすぐに分かることでしょう。

 岡本さんは求道者であったので(少なくとも、私はそう思っている)、世の中にある小さな諍(いさか)いも、ネットではびこる変な人物も、ネット業界で問題となるセキュリティ上の課題も、彼からすれば等しく取り扱われるべき「イシュー」であったのは間違いありません。問題の大きさゆえに日和ることもなかったし、興味のあることとないことがはっきりしていて、また、人付き合いも彼なりに絞っていたように感じます。ホワイトハッカーと呼ばれる界隈でも「飯をおごってでも連絡を取る人」を丁寧に選び抜き、きちんと情報を守る気風が高かった。この界隈では欠けている人の多い、ちゃんと仕事のできる人で、界隈のことが分かっていて、良い奴であったのが岡本さんの美徳であると私は思います。

 なので、散り際は無念だったろうし、彼のことだから心の中で「すいません」を連呼していたんじゃないかとすら思う。こちらも「惜しい人を亡くした」という惜別の念よりは「こんなところでくたばりやがって」という痛恨の思いのほうが強い。やりたいことも、やり残したことも多かったろうに。こういう仕事をしていると、どうしてもリスクがあり、昨日と似た今日を生き延びられたことの大事さを噛み締めるようになるわけです。若いころは生きていることに対してさほど感じなかった感謝が、こういう事件を経るごとに「生きている」から「生き残っている」感覚に変わっていくのです。

 彼も彼なりに考えて、今後のことも踏まえ彼は「ネットウォッチャーのHagexさん」ではなく「闇ウェブ界隈やホワイトハッカー集団の一員である岡本顕一郎さん」へとシフトしようとしていたのでしょう。「切込隊長から山本一郎になぜしたんですか?」と訊かれたときに、私はいつも通り「もういい年齢で、いつまでも切込隊長を名乗るのもしっくりこないので」と答え、それに「いやいや、それは建前でしょう?」と突っ込んできたのは岡本さんだけでした。いや、それ本音だから… でも、その少し前、編集者の中川淳一郎さんとやろうとしたイベントに爆破予告が寄せられ、警察沙汰になりました。そのときはああまあそういうキチガイもおるのかなと思っていたら、その後、その爆破予告者が逮捕され、実はそれなりに「実績」のあるややこしい人だったことが判明し、実名での活動はそれなりにリスクがあるんだよ、という話をしていました。

 さらに、岡本さんとの話の中に「ゲームの中の勇者はリスクなくていいよなあ」という内容があり、危険な旅に出る勇者は雑魚でもボスでも死んだら王様が「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」と煽りながらカネ半分巻き上げて安全なところで蘇生してくれるのは甘えだよな、逆にそういう世界ならいま以上にみんなリスク取るよな、って笑っていたのを思い出します。まあ、所詮はゲーム、作り話の世界ですからね。彼にも私にもそんな都合のいい王様がいないからこそ、どうにか考えながら生きていくしかないんだよなあって話し合っていたわけですね。

 そんな岡本さんが、踏み込んでネットウォッチやネットでのリスクに関するセミナーを定期的にやるようになって、なるほどそういう世界に踏み込んだんだな、リスクを取りにいこうと思っていたんだな、と感じていました。そして、共著ながら新書を出し、外での活動を増やそうとしている矢先にリスクが現実化してしまうとは、死んでしまうとは情けないと煽るには悲劇にも程がある。ツキが、なさすぎる。惜しむだけでなく、嘆く感じで。げんなりする。都合よく王様でもいりゃなあ…。

 まだ気持ちの整理がつかない割に、岡本さんから「最近の山本さんはネタへの反応速度が遅くなった」と空の上から煽られる気がして、まずはエントリーまで。mental_health_man.png