「地方に医師がいない? 医師が都市に集まりすぎている? なら医師を増やせばいいじゃない」って話は、前厚生労働大臣であった塩崎恭久さんの時代に議論が出ました。なんかこう、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない (byマリーアントワネット)」みたいな感じです。もちろん、塩崎大臣自身が既存の厚労省や某分科会での議論に同意する立場ではないので、いったんその会議を止めてまで「働き方ビジョン検討会」を作り進めてきたわけなんですけど、そこでも必ずしも「医師を増やせばいいじゃない」という単純な結論には至らなかったわけであります。

地方都市から医者がいなくなる!?戦略的な“無医村”づくりが進んで「急病になっても安心」という自治体はどんどん減っていくことになります https://www.minnanokaigo.com/news/yamamoto/lesson23/ 
新たな医療の在り方を踏まえた医師・看護師等の働き方ビジョン検討会 報告書
http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000160954.html


 そんなこんなで、この辺の議論を「みんなの介護」に書いたところ、反応で少なくない数「医師を増やせばいいじゃない」っていうのが出てきます。この辺は、医療業界にいる人にもいろんな考え方があり、また医療については「べき論」と医療従事者の負担の議論が並行して進むので、どうしてもごっちゃになりやすいって点はあります。

 整理すると、現状すぐにでもどうにかしなければならないのは2つあります。

・医師が偏在していて、無医村ができまくる。
・医師を含め、とりわけ勤務医は非常に労働条件が悪く、ブラックな職場になっている。

 なので、高齢者が増える現状において、医療環境を整えつつ僻地医療も充実させようとなると、都市部で働いている医師を高給や好環境で「釣って」地方医療を担わせるか、医学部の地元採用枠から地方勤務期間を義務付けるかしか方法がないよなあって結論になるわけであります。

 ところが、医療の現場においては僻地医療は高給でもやりたくないというのがもっぱらで、その最たるものは「とにかく僻地の医療は患者のモラルが低く、医師が勤務時間を終わっても診療しろと平気で言う地域住民が後を絶たず、プライベートの時間が持てずやっていられない」という話であり、先日も東北某県自治体が高報酬でも医師が集まらないとか、医師の過去の些細な問題を市議が市議会で問題視したため心が折れて医師が辞めてしまうなどの問題を続発させます。

 そんなところに市立病院を建てても医療圏を支えられるほどの人口もないところでは医師も集められないということで、文字通り自壊していくことになるのです。

 一方、問題の解決のために「医師を増やせばいいじゃない」という話が進まない理由は、少子化にあります。単純にこれ以上増やすと医学部定員から毎年1万人以上の医師が生まれかねないわけですが、2017年の日本人の子供の出生数は94万人であって、ぶっちゃけ100人に1人以上医師ができる社会になります。これらは普通に知的エリート層を担う人材となるのであって、いろんな分野で優秀な若者を奪い合う中で医師だけが高いコストをかけて育成され続け、その稼ぎ口はたいして国富に貢献しない地方都市や僻地で高齢者を診察するために投入されるというのは亡国の道筋を辿ることになりかねないだろうという話であります。

 また、どちらにせよ日本の高齢化問題は2040年をピークに解消に向かっていくため、近い将来都市部においても病床あまり、医師あまりを起こす可能性が高くなります。2025年から2033年ぐらいまでが一番医療と高齢者の点ではしんどいという話であって、いまから定員数増やしても研修医を終えてまずまず一人前になるころには高齢者問題がピークアウトしちゃっているわけであります。

 当面苦しいのであれば、ビジョン検討会でも話し合われ、また厚生労働省も省内で準備してきた歯科医師、衛生士、看護師などが簡便な医療行為を代行できる仕組みの創設や、人工知能や遠隔医療などを用いた外来診療の自動化なども視野に入れて、医師の診療負担を極力減らすしか方法はないだろうと思います。

 ところが、中期医療計画や都道府県の検討しているプランを並べてみていると、一様に「地域医療構想で患者を巻き取る」話が出てきます。地域って誰のことなんですか、ってのはもう少しちゃんと議論したほうがいいと思うんですが、要するに町内会や互助会などの地域で暮らす人たちの集まりや、家庭・家族で傷病者、高齢者は面倒見てよ、医療や介護への負担を減らしてよという筋道になります。これはもうその通りなんだけど、でも読者の方でも思い返していただきたいのですが、地域に医療といって、いままで皆さんどなたか町内会やボランティアで地域の高齢者をお世話したりしたことありますか。ないんじゃないかと思います。特に都市部は「地域や家庭で患者を支える地域医療構想を」と言われても、地域って誰よ、家族ったって結婚できない男女めっちゃ増えてるよ、ってことで、かなり本気で誰も助けてくれない社会になりかねないよね、ってのが正直怖いわけであります。

 解決策はないのか? ってのは、たぶんないんだと思います。結婚が一番優れた制度だと言い切るつもりはありませんが、何らかパートナーや集団で住むようなコミュニティ、疑似家族のような仕組みを社会が用意し、容認していかないと、体調悪くして通院しようにも誰も助けられないとか、自宅で倒れて誰も気づかず死後数カ月異臭騒ぎで死亡しているのが確認されるとか、そういうのは避け得ない状況になるわけでしょう。伴侶がいて子供がいて初めて生物として存続し遺伝子が遺されて… というすんごい哲学的というか身もふたもないレベルの話をしなければならなくなるのが現代です。

 やはり、この手の話をすると「衰退する日本はもう駄目だ」という話になりやすいし、一方で「医師を増やせばいいじゃない」ってのがどれだけ優秀な日本人を生産性の低くなった高齢社会対策に割り当てるつもりなのかってことの裏返しで、優秀な人を生産性の低いところに張り付けるのが日本の衰退を推し進めることになりかねないことは気づいてほしいと思うわけです。健康で長生きしてほしいというのは、社会にとってその人が生産的である限りという留保付きになる時代がもうすぐ来ると感じます。健康寿命の延伸も生活習慣病の予防中心の医療にしようという議論も、いずれも働いて自力で生活できる割合を少しでも増やして社会を富ませ、人々が安心して暮らせるようにするための医学・公衆衛生にシフトしているということの裏返しでもあります。

 オブジーボが高額医療で月額かなりの金額の治療費を公的保険で支払い本人負担は数万円です、でも本人は80歳ですってのが、果たしてそれが生産的な社会になるんだろうかというのはどっかで考える必要があるんですよね、正直なところ。


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