このところ、複数のインシデントでシンガポール法人や、シンガポールに渡った反社会的な日本人によるアプローチが多数視認されており、従前はそれ相応の監視が行き届いていたものが現在では主に金融事犯の踏み台になっている、と指摘されることが格段に増えました。



 彼らが採用している政策というものは基本的には都市国家的な世界観であり、エリート志向、選別主義的な側面が色濃くなっています。日本で言うならば東京だけで国を作り、都政において都民住宅その他貧民対策を行わず金融業界その他知的財産の付加価値が高く利益率の高い事業を世界から誘致することに最適化した内容です。



 日本の場合は、国際競争力は東京圏が七割がた確保して、利益を出している法人のシェアは東京が圧倒的ですが、一方でその8倍の地方人口も抱えており、これらの1億2千万人の国民はひとつの法律で一体管理されている以上、日本がシンガポールのように富裕層にだけ合理的で、国際競争力のみに特化した政策には転換できないのは自明です。


 しかし、国際化が進む金融環境の中で、日本人が日本国内だけの内需を当てにして事業を展開することで世界企業に匹敵する規模に成長することは困難です。国債はともかく、日本の金融セクターでは外国人の割合は一貫して一定割合を占めており、海外売上比重も考えて経営戦略を組まなければ事業になりません。



 結論として、金融面での有利さや、法人税の低さを好感して、シンガポールや香港に吸い寄せられる法人はたくさんあります。また、国際競争力の観点から日本は産業振興のために法人税を引き下げる必要があるという方向でコンセンサスが取られています。つまり、日本が日本の国内事情だけで経済政策を決定することはもちろん現代では困難だということの証左でもあります。



 実際には、シンガポールが有利だからじゃあそっちに拠点を移そうか、と気軽に言えるのは、金融やソフトウェアなど、優秀な人の力量だけで組織が存在でき、充分な利益率を叩き出せる業界だけです。製造業や貿易商社の場合は、本社やリソース確保は日本に相変わらず拠点を置きながら、外-外の事業のハブとしてシンガポール法人を使うという程度に留まります。



 短期的には、この進出ラグが身軽な犯罪者の逃避地としてのシンガポールという問題を引き起こします。シンガポール当局は事情をひとつひとつ知らなくても然るべき財産があって費用を拠出していれば、日本で何がしかの問題をやらかした人たちも受け入れます。むしろ、積極的に彼らの問題ある経済活動を覆い隠す可能性もあるわけで、ここ近年の租税事案でシンガポールがらみは香港以上の件数、金額の伸びになっているように見えます。



 また、そういうシンガポールへの犯罪資金も含めた逃避を手引きするサービスが充実し始めている現状があるように見受けられます。もちろん、事件化までしてしまえば簡単に追跡するわけですが、そういう段階にまで至る前に歯止めをかけなければ当局としては齟齬を来たしてしまうので、「重大な事案ではない」と後回しにされた小粒な事案ほど放置され、社会的公平性が失われてしまうという問題を起こしているのでしょう。



 「成長するアジア経済を取り込め」とスローガンを掲げるのは簡単ですが、犯罪者が日本で不当に稼いだ金を片手に高飛びをしたり、支払うべき税金を逃れるために安易な海外移住を志向する仕組みは国益にそもそも適いませんし、それを目当てに奨励する政策を取ったり隠れ蓑を積極的に提供する国や地域は日本にとって友人とはいえないという結論になるのではないでしょうか。



 ちょっと言い方は悪いですが、ある意味で成長セクターに特化していることを利用して、日本の成長率や納まるべき税金が横取りされているとも言えます。そこには、流入する労働者の人権やマレーシア他近隣国の利益はあまりきちんと保証されず、フリーライダー状態になって手をつけられなくなる可能性もあるんですよね。



 いますぐにEUにおけるスイスのように、アメリカとの対立の挙句、彼らの持つ情報はすべて吸い上げられるような事態になるとは思いませんが、新興国の成長率鈍化が顕在化してしまうとおのずからこの辺の問題は出てくるでしょう。潮がひくと、浜辺にごみが一杯落ちてるような状態になるのでしょうか。