大沼の引退が理由で日本全体が悲しみに包まれ、沈滞しているんですよ。涌井一人が炎上したわけではないのです。肩が痛いんだそうですが、大沼なんですから肩が痛かろうが腰に持病があろうが本質的なところに問題があるわけないじゃないですか。大沼が大沼である限り、大沼は大沼であり続けるのです。



 パリーグはまた偉大な投手を一人失いました。しかも、望まれていった新天地であるDeNAという腰掛球団でまさかの引退を余儀なくされようとは、パリーグはいったい何をしているんですか。オールスターで中田翔とハンカチを選出して喜んでいる場合ではないと思うのです。まさにパリーグ存亡の危機ですよ。ロッテでは初芝や園川が失われ、西武では大沼がなくなってしまうというのは、パリーグのパリーグたる所以を否定しかねない重大局面と言えるわけですよ。大沼の代わりに誰が炎上すれば良いというのですか。岡本篤ですか。武隈ですか。涌井ですか。ゴンザレスですか。藤田ですか。星野ですか。木村ですか。もうみんなみんな炎上してしまいましたよ。防御率を見てください。消し墨みたいなものじゃないですか。おかしいでしょう。小野寺ですら、イースタンで好投しています。じきに、神宮で小野寺が登板して四球四球三振三振3ランホームランと言った伝統芸能を心行くまで閲覧させてくれることでしょう。



 でも必要なのは大沼なんですよ。分かりますか、この大沼を待ち望む気持ちが。嬉しそうに炎上する大沼の姿を渇望するマニアの意向が。私らはですね、大沼が見たいんです。活躍する大沼がマウンド上で躍動する姿を。ボール先行からストライク一個入って喜んだのもつかの間、悠然と一塁へ歩いていく井端の挙動を。私たちはね、ヒットを一本も打たれずサヨナラ負けを喫する大沼の活躍だけが見たいわけじゃないんです。大沼が放り、凄い勢いで黒羽根のミットに吸い込まれようとする150kmの剛速球、それをいとも簡単にレフト前へ打ち返す平野。取れないと分かっててレフト前まで深追いをしていく石川。すぐそこのセカンドまで投げ返すのにワンバウンドにしてしまうラミレス。これこそが求められた大沼なのではないですか。DeNAがファンに魅せる敗戦処理の姿がこれだと思うのです。なぜ、大沼を引退させようとするのですか。


 枠ですか。選手がいっぱいいっぱいだからですか。そうだと言って、大沼を解雇する権利がDeNAにあるとでも言うのですか。あの藤田プロと内村をトレードする、高田総統がGMをするDeNAが、合理的な選択の結果としての大沼解雇が妥当で適切で最良で完璧な方法論だと立証したいと言うのですか。否、それはできないことでしょう。なぜなら、大沼には勝負を超越した芸風、すなわちDeNAファンを驚かせ、相手チームファンを歓喜させる、歴史的なゲーム作りをするという高いレベルで完成されたスキルがあるからです。大沼を解雇するなんてとんでもありません。原監督もまだ間に合いますと言っているではないですか。



 だいたい、なんですかあの補強は。一塁ルイーズ、二塁内村、三塁中村紀洋、遊撃渡辺直人になったら、それはもうパリーグです。いやほんと、パリーグでしょ。さもなくば楽天。もう内野はパリーグがいただいた的な。そうなったら、マウンドは大沼だっていうんです。あるいは清水直行。さもなくば山本省吾。パリーグですよね。横浜スタジアムの内野は、パリーグであるべきですよね。もういっそのこと、センターは森本で、レフトは一輝で、ライトは井手でいいじゃないですか二軍だけど。捕手は知らん。でもこれはパリーグですよ。間違いなく。



 思い出してください。ヒットを打たれずともサヨナラ負けを喫したあの試合を。延長9回裏同点で登板、まずは挨拶代わりの四球、挨拶が足りずに死球を出して無視一二塁とする大沼。もうすでに、状況は絶望的に焦げ臭い香りが球場を充満させます。もう、この時点で西武ファンは覚悟を決めることでしょう――これは歴史的な試合になる、と。



 そして大松。長距離砲の空気読まずの大松。難易度の高いバントを、なぜかかっちりと決めての一死二三塁。そこからプリティ里崎を敬遠。あかん。結構本気でもうあかん状態の一死満塁で迎えるのは前の打席で併殺打を打っているフェルナンデスベニー。大沼の球威であれば、あの大沼の力をもってすれば、あわよくばホームゲッツーもあるかもしれない。万が一の、万万が一の可能性を夢見て祈る西武ファンの見守る先で投じた初球が暴投。



 フェルナンデスベニーがどうとか、ロッテ打線が何だとかまったく関係がないんですよ、大沼にとっては。暴投ですんで。もうね、打席に立ってるのがカカシだろうがオリックスのキャッチャーだろうが宮出だろうが関係ないのです。暴投だもん。「上本も捕れよカス」とか言ってる間もないぐらい、完璧な暴投ですよ。捕れなさそうなハネ方といい、いい具合に力の入った球威といい。無理。もうね、無理ですよ。



 往年の大沼はもっと凄かったです。まずは挨拶代わりの四球、そこから挨拶不足に見舞われてさらに四球で無死一二塁、このままではマウンドを降ろされると懸念した大沼が期待を持たせる連続三振で二死一二塁としたところで連続四球で押し出しですよ。そして満塁となったところでブランボーに満塁ホームラン。これぞ大沼ですよ。いきなり5失点。私たちが捜し求める大沼の野球はここにある。さらに次の打者には「俺こそが大沼」と思い知らせる四球を出すわけです。ランナーを残して悠々とマウンドを去る大沼にあらんかぎりの罵声が浴びせられ、ベンチの端で水も飲まず呆然とする大沼の姿がケーブルテレビに映し出されるのを何度観たことでしょうか。



 いいんです。これが大沼の最終形態なのですから。それを信じて、私はDeNAが大沼を引き受けたことを容認しました。まさにDeNAがベイス野球を実現するにあたって必要とされた最後のパーツ、それは大沼であり、山本省吾であり、大家だったのではないでしょうか。そして大家は球界を去り、山省も行方不明となって、最後に残った光明こそが大沼だったはずです。思い出してください、あのマウンド上で燃え盛るキャンプファイヤーを。その真ん中で、やっちゃったなあという表情で穏やかに笑う大沼を。これはまさに私たちが求めた理想のベイスですよ。金を払うに値する、プロとしてのパリーグが体現された姿そのものです。



 一塁への打球を処理するベースカバーだけが無闇に早い大沼も、クイックからの三塁線バント処理が絶妙な大沼も、それはいつもランナーを出しているからに他なりません。そんな大沼を見切るタイミングがDeNAは早いんだよクソが。夏超えたら元気に復活してくるに決まってるじゃないか大沼は。去年だってクビになるか瀬戸際だと言われつつも鈴衛のように生き残ったんだぞ。



 せめてトレードで出してやれって言うんです。同じ首都圏に、西武って言う球団があるらしいので、そこがきっと大沼を引き取ってくれたと思うのです。電話の一本もしてやれなかったというのでしょうか、高田GMは。悲しいことじゃないですか。残念な話じゃないですか。私たちの大沼が、シーズン途中で解雇、引退ですよ。せめてメジャー挑戦できる準備ぐらいは球団でさせてやるべきだと思うのです。とりあえずオークランドあたりではどうでしょうか。



 いずれにせよ、今回の事態でDeNAは私の先祖から来世にいたるまでのすべてのスピリッツを敵に回しました。もう頭にきた。これ以上は仕方がない、DeNAのレプリカユニフォームは渡辺直人以外買いません。応援も藤江が登板したとき以外はしないようにします。正直許せない。DeNAは一刻も早く大沼の引退を撤回し、ついでに古木の球界復帰を後押しするべきです。小沢一郎さんも政治生命を賭けて大沼引退にNOの反対票を突きつけ造反しました。この事実を厳粛に受け止め、DeNA球団は猛省し、春田会長もにやけた口を引き締めてパリーグらしさの護持のために日々怠らず邁進して欲しいと思います。



(修正 27日 23:46) 



 悲しみのあまり、ベニーとフェルナンデスを誤記してしまいました。謹んで訂正させていただきます。