先日、中国での弊社ビジネスについて、ネット上だけでなく既存取引先からのお問い合わせも相次ぎ、皆さま中国との付き合い方を随分悩んでおられるのだなあと思いつつ、一方で私の文章力が拙かったこともあり誤解された点が多々あったので、修正も兼ねて補足エントリーを書いてみたいと思います。

中国市場から撤退する弊社から、中国でアプリを売りたい皆さんへ
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2011/11/post-c357.html

■総論

 弊社およびグループの対中国ビジネスは一貫して黒字が続いており、今回拠点を引き上げる決断にいたったのも、当初合弁会社へ投資した金額からは随分割高に株式を引き取ってくれ、また保有してきた中国企業が民営化された中国のサービス企業に株式交換で買収されてそこがナスダックに上場したことで上場益が入った経緯がありました。

 そのままビジネスを中国で行うにあたり、拠点を持っている必要があるか、苦労してハンドリングしてプレイヤーとして留まるよりも、いったん利益を確定させ、比較的信頼できる中国企業とのパートナーシップを前提にビジネスを再構築したほうが、将来的に継続して利益を上げ続ける可能性が高まるのではないか、という判断をしたからです。
 懸案に思っているのは、先般のエントリーにもありますとおり、知的財産権問題です。属人性の高い知的財産を、中国人に移管した途端に経営が不安定になること、その結果として、継続的に事業で利益を上げていくには理想から程遠い状態になることを懸念しました。したがって、独立したい中国人幹部やプロデューサーにはむしろ起業を奨励し、彼らに投資する形でダメージコントロールを図りましたが、巧くいったケースもそうでないケースもありました。

■日本の政策ミス

 撤退判断を考えるうえで、どうしても念頭に置かなければならなかったのが「日本の外交的な後押しは得られうるか」でした。これは、弊社と行動を共にした大手パートナー企業の中国進出の際に、もっともネックになったところですが、日本では結構簡単に中国のパクリ問題を捉えるものの、現地で事業をするに当たって「回収」、とりわけ海賊版というのは本当に死活問題で、これらのリスクを回避するためにどうしても中国の現地企業との信頼関係を築くことがどうしても大事になりました。

 タイミング悪く上海万博が終わり、海賊版のみならず社員の引き抜きとそれに伴う情報流出が相次いで、また私どもの大手パートナー企業が中国系コンテンツ企業に騙されて二桁億の損害を出したことを契機として、彼らが中国でのビジネスを縮小せざるをえない状態となりました。弊社も提携先の変更を迫られ、とはいえ中国と一口にいっても上海とシンセンと大連、北京では事情が違いますので、あるパートはドイツ企業と、また別のパートはアメリカ企業とご一緒することになりましたが… 海外企業と一緒に仕事をしてみて驚いたのは、中国でのビジネスでのトラブルに、アメリカの商務省やUSTRが具体的なトラブル収拾に乗り出してきてくれたり、解決のための道のりをネゴってくれる、という事態がたびたびあったことでした。

 私個人の見解では、日本貿易会やJETROの現地オフィスはとてもよく対応してくれました。優秀な人たちだろうと思います。で、それら現場の仕事の秀逸さ、前線での善戦よりも、もっと大本営としての介入力という点で、日本政府をバックにしているのと、アメリカ政府がいるのとではまったくトラブルの収拾力が違うというのを実感することになりました。

 知的財産権に関する部分については、日本の知的財産に関する考え方は相手がある程度穏便であり、話を聴いてくれる前提で進めるドクトリンになっています。もちろん、日本人として、信頼できる中国企業を選ぶという方法を頑張ってとるのですが、中国企業のトップは信頼できても、管理職から現場にかけてはまったく信用できないというケースが目立ちました。なので、トップ同士が意気投合して、日中で良い物を作ろうと勢い良く握手をした翌朝に現場のマネージャー同士が意見の食い違いで立ち往生するという事例が日常茶飯事で起きます。

 弊社の場合は、提携関係を軸に事業をする方針でしたので(人が少ないもんで)、ドイツ企業やアメリカ企業、ロシア人といった混成部隊であって、バックはむしろ日本の化粧品メーカーさんが善意で取ってくれたところがありました。これ以上、化粧品メーカーさんに迷惑をかけられないというのも拠点撤収のひとつの理由ではあるのですが。

 また、日本の政策ミスは、中国市場参入における朝令暮改の非関税参入障壁ともいえる文化政策に対して効果的な修正を求める手段が存在しないことでした。ある日突然、PC向けオンラインゲームのサービスを停止させられたり、すでに半金支払った広告が途中で掲載できなくなったりするわけなんですけれども、強いコネがあり、契約があったとしても反故にされるケースが頻繁に発生することになりました。これも、一部サービスの権利をアメリカ資本の会社に譲渡し、中国企業との合弁企業の株式を一部アメリカ人投資家グループに譲渡することで相当解決しました。

 日本政府が日本企業や日本人の在中国権益の保護、確保に役立っていない、というのは、コンテンツ投資や制作事業で比較的多額の投資を先行して行わなければならない事業体からするともっとも改善して欲しいポイントのひとつであり、知財本部や外務省があまりこのあたりの改善に熱心でなく、クールジャパンとか言ってるのを本当に早くどうにかして欲しいと思います。特に経産省、お前らが税金でハリウッドで映画作ってどうすんだよ。

■直近の在中ビジネスについて

 最近だとGREEなどもパートナーを伴って中国進出しようとしたりしておりますが(相手はチャイナユニコムだそうだけど)、中国は中抜き上等のビジネススタイルが横行しており、非合理ではあるけどそれはそれで仕方がないという文化であります。もし私に大規模な投資を専権でできるのならば、自ら海賊版を出して後発の参入者が商売にならないぐらい市場を壊したいと思うぐらい、ビジネスでのぶら下がりが多くて大変です。

 それでも、中国でのデジタルコンテンツの販売は総額として伸び続けており、加入者のケタが違うのと、そういう人たちに一斉に同じものを売り出すとやはりそこそこの金額になるんですが、参入当初は7割8割を相手方に持っていかれるのは覚悟したほうがいいと思います。ついでに、相手が出してくる売上レポートも、正規のものが偽造とかいう笑える場合がありまして、先方幹部が勝手に自分自身の決済会社を作り証明資料を出してくるとか、本当に中国人のそういうところが私は嫌いでしょうがないんですけれども、どうにかして正味の売上証明が得られるパスを作っておかないと本当に死ねます。

 また、日本でアプリ開発をしている会社で、中国にローカライズしたものを売りたいという会社さんがあるようでしたら、いつでもご紹介しますしお手伝いしますのでご連絡ください。ローカライズやアップデートは対応するので、ソース貰えれば日本国内で全部作業を済ませて中国のキャリアやメディア系に売らせることはできます… もっとも、上記理由で手数料は高いけど。

 中国の拠点撤収の理由は、本当にソースごと持っていかれるケースが多かったからで、国内にラインを移したら随分問題がなくなって、利益率も単品事業としては問題ないぐらいに回復したのが大きいです。

■日中貿易、対アジア貿易やTPPについて

 諸事議論はあるけど、資源のない日本は人が財産であり、付加価値をつけて貿易を盛んに行わない限り、エネルギーの調達もできず経済が沈没してしまうのは自明のことであります。

 また、政府の無駄を減らそうという話になった先にあるのは農家の戸別保障など、本来は競争力を持っている高品質な農産品を生産できるにもかかわらず補助金漬けにした結果、疲弊した地方経済が合理化の機会を持てず、資金を稼いでくるべき産業の足を引っ張っているという状態に問題があると思っています。

 そもそも円高と言うのは日本の競争力の総体的な反映であって、去年の輸出が67兆、輸入が60兆で、そりゃ円高になりますよ。なので、より付加価値の高い部分を日本国内で担当し、海外にはアセンブルや量産など低付加価値なものをお願いしなければ事業としても成り立ちません。空洞化というのは、低付加価値の作業が海外に出て逝っていることであって、私どものような虚業ぽいけど付加価値の高い世界はお引き合いがとても多く、増収ベースは変わらないわけです。

 その日本の、最大のお客さんは中国であり、東南アジアです。輸出の一位は中国。対中輸出は17兆、輸入は13兆で、貿易収支は4兆円のプラス。弊社のグループ(兄弟会社含む)としても、売上の海外比重は80%に近くなっており、日本市場だけでどうにかできる状態ではありません。

 各論で言うと、TPPに反対論が多いのは分かります。日本の優れた医療保険制度や、農協・漁協など、あるいは私の直面している知的財産権の問題など、日本が従来から持っていた良いシステムを手放すのはよろしくない。ただ、それらの日本のより良い仕組みというのは、海外でしっかり稼いで日本に資金を還流してきてくれる、稼ぎ手の産業が元気だからであって、これらのなかで本当に高付加価値な部分を担当するセクションが海外に出て逝ってしまったら、年金も医療保険も財源がなくなり、教育が立ち行かなくなるのは当然のことです。

 日本の中産階級の没落は、諸先進国の現状と同じように、中産階級のやってきたことが世界経済の進展と貿易の充実によってコモディティ化し、後発国の労働力に置き換わってしまったからだと思います。では、すでに地位を失い、所得がなくなった彼らが、海外の安い労働力を防いでくれと言って、どうにかなるものなのでしょうか。

 私個人の考えでいうならば、戦って勝ち、生き残るために、自由貿易に賛成です。それは、日本により多くの税金を払い、仕事をしたくても無理な人々に無償の訓練を施し、これから社会を担う人々に無理のない金額で教育を受けさせ、真面目に働き日本社会の安定に貢献してきた老齢の人々に安寧の余生を送って欲しいと願うからです。ただし、日本はもとから自給自足の経済などあり得ません。貿易の自由化によって職を失い、当面の生活に困窮する人たちも出てくるのでしょう。そういう人たちのためのセーフティーネットを用意し、移行期間をしっかりと考えつつ、より日本経済を対外的に開き、経済効率を上げていくための施策を打っていくべきだと思います。

 この議論に際し、TPPがどうのというのは矮小化しすぎとも思いますし、どうも世情での議論が雑なこともあって、個人的にはどうでもいいんじゃねえのと考えていたりします。また、同様に陰謀論めいた反米思想とTPPがくっついてて、微妙な感じもするので、もうちょっとどうにかならんのかなあと。

 中国やアジアでの事業は、苦労も多いけど思索と試行錯誤の果てが様々あり、少なくとも2001年から足掛け10年近く、ファンドやコンテンツ制作の現場で得た知見はどっかでまとめたいと思ってます… やらないかも知れんけど。

■補足

 と、偉そうに書きましたが、大変お世話になった在中国ビジネス30年の恩人他皆さまからは、私の中国人嫌いが表に出ていて、中国人と同じかそれ以上にはっきりとモノを言い過ぎる私の気性をどうにかしろと言われ続けてきました。果たしてその通りとなり、むしろ信頼の置ける日本人やドイツ人に中国事業を預ける形となりましたが、もうしばらくは東京とシンガポールを拠点として、ベトナムやタイでの事業確立、拡大にフォーカスしていきたいと思っています。