まさかの待ち時間がまとまってできたので、研究所の朝会カンファレンスで講演したことのダイジェストなど。

 途中かなりはしょるけど、気にしないでね。
● 日本における北朝鮮問題と、世界における北朝鮮問題

 見えるベクトルが違う。日本の北朝鮮研究は個別的だが、情勢管理という点では非常に良質で優秀。世界に誇っていいレベルの地域研究の質の高さだと思う。実際、北朝鮮専門家が述べる情勢分析を英訳してるだけで地域問題について語れるので、それ専用の人がいるぐらい。

 逆に、地政学やアジアの中のバランスオブパワーという側面で見た場合は、世界的にも北朝鮮問題に対する枠組み(フレームワーク)作りは失敗している。というか、北朝鮮という国家自体がイスラム以上に欧米圏から見て理解不能であるので、北朝鮮が瀬戸際外交するたびにアジア担当が飛び技を見てびっくりする、慣れたころには政権が代わる、の繰り返しで、北朝鮮の伝統芸能になってる。

● ハードランディングとソフトランディングの問題

 いわゆる北朝鮮解体論は日本でも良く出る。それは、東ドイツ吸収よりもはるかに影響力の大きいジレンマを生むことは皆分かっているのだが、北朝鮮がキチガイすぎて、不安定要素を許容できない、従って読みやすい後継体制を関係国協議の元で作るべきという理想論が先にたつ。

 問題は、経済問題と難民問題であって、その延長線上に金体制の後継をどこのイニシアチブで作るかというテーマが残る。経済問題は、北朝鮮国民がそこに残ってくれるかどうかで判断が大幅に分かれる。一応、北朝鮮には希少金属を含めて資源が眠っているという前提に立つならば、15年ぐらいの復興プランを実現に漕ぎ着けられる方法論は考えうるかもしれない。後継体制が15年持つ可能性を高いとすれば、だが。

 そのためには、難民問題を考えなければならない。金体制が早期に瓦解した場合、その後継を民主勢力が確保する場合は、国民の政治的な難民化を志向した場合にこれを押しとどめることはできない。当然、中国、韓国、日本、台湾といった周辺国に身寄りを頼ったりボートを漕ぐなりして辿り着くことになるが、その地域で生活していくための経済力を自前で持つことはできない。教育もなく、その地域で暮らしていく文脈を持たないためだ。

 だから、本人たちの意向とは関係なく仕事にありつくことが困難で、結果的に地下に潜って不安定化する。そのコストを考えると、周辺国は何としても難民の発生を避ける方法でしか北朝鮮を考えることはできない。

 ハードランディングとは、金体制の消極的な機能(唯一のメリットといっていい)を根底から消失させるものであって、誰も金体制北朝鮮を打倒しようとは考えていない。ナイイニシアチブ以降、北朝鮮の軍事攻撃に一貫して米政権が無関心だったのは、この合理的な理由と、北朝鮮がキチガイすぎてなんだかよく分からないという事情による。

● 親亀子亀論

 よりアジアの枠組みで言うならば、「族弟」として北朝鮮は中国の庇護下にあり続け、台湾と同様に実質的な中国圏の影響下にある。中国もまた、北朝鮮の生殺与奪を握っている情況ではあるが本格的に北朝鮮の改革に手を貸すことも崩壊に資することも考えていない。

 一般的には、上記の難民問題で難民の逃げ込む先の第二は中国東北部であり北京に近くてとてもだるいことに加えて、国際世論としては北朝鮮崩壊後、韓国ではなく中国が主導権をとることに対して賛同を得られるだけの自信を持てないところに課題がある。事実上、北朝鮮は韓国ではなく中国の影響下にあるのだが、韓国李政権は比較的まともな政権運営をする政府に仕上がっているものの過去の韓国の歴史から見ると長続きしないうえに反動が必ずやってきて、しかも実力の割に声が大きいのでめんどくさい。

 北朝鮮が仮に韓国の主導権の元で再建されるとなると、セットで米軍がやってきかねない。文字通り、キューバ危機同様の展開が、北京・中南海と目と鼻の先の北朝鮮北部で起きる。なので、北朝鮮問題を解決しようと思うと、中国は外交資源を使って韓国を取り込まなければならない。韓国もそれを良く分かっているので、アメリカとの経済的な結びつきを深めていかなければ北朝鮮問題でババをおしつけられてしまう。つまり、難民は引き受けさせられ、体力に見合わない経済支援を強要される割に、北朝鮮の後継政権作りでは韓国に主導権がない、という最悪の状況だ。

 理念的、思念的な部分で言うならば朝鮮半島から中国東北部に住んでいるのは朝鮮族ということになっているのだが、実際のところ50年以上の北朝鮮自体が鉄のカーテンというかすげえカーテンになってしまって、もはや韓国、北朝鮮、中国東北部の3つが同じ民族としての「文脈」を持たなくなってしまっている。国際的には一国二制度をさらに深化させつつ中国に北朝鮮を管理させながら無害化していくしかないだろうという議論になりやすいが、さて韓国はそれで納まるのかどうか。

● ロシアや日本の立ち位置について

 北朝鮮は重要な地域課題だが、ロシアや日本においては北朝鮮に本質的な意味で興味も関心もない。移民も来て欲しくないし、不安定になって欲しくないし、ミサイルとか撃ち込まれたくないし、経済支援もしたくないし、面倒なことにはとにかく巻き込まれたくないと思っている。

 同様に、北朝鮮問題を切実な問題と考えている中国や韓国に相談されたり打診されたり多数派工作されたり支援要請されたりといった一切のマルチラテラル自体がだるい。中国も韓国も支援して感謝してくれるほどナイーブな連中ではない。中国人自体は義理堅いし、信頼関係を築く力はとてもあるが、この問題に関ることを求められる中国人は、決して磐石な基盤を持ち失脚しないような人たちばかりではない。

 日本においては、拉致問題というのは重要なカードで、憲法九条や普天間問題と同じく解決せず現状維持を図る上で格好の口実である。日本国民が拉致られて政府が機能しないというのは本来まったく望ましくない失態なのだが、それを是正しようとすると55年体制以来ずっと日本政治の中枢で影響力を行使してきた旧社会党や共産党、公明党のスキャンダルに直結して、これはこれで面倒くさいことになる。

 生きているんだか死んでいるんだか分からない、北朝鮮も空気を読んで解決を引き延ばす、国民向けのショーとして拉致被害家族は泣き叫んで問題の風化を阻止しようとする、国民は北朝鮮ってなんて悪い国なんだ協力なんてしてやるなという、でも二国間問題なのだから日本に住む北朝鮮人は自分の経済力の範囲内で合法的に送金する、そのぐらいが一番現実的なのである。

● 核開発問題と日本

 核開発問題については、呼び水としてリスクもメリットもあるのでどうともいえない。もちろんリスクは官邸に向かってミサイルでも飛んできたら嫌だなという話であって、ただそれってのは東京に撃ったって北朝鮮に何の見返りもないよということで日朝関係からすると見事なまでにLOSE-LOSEな関係のため、実際はあまり現実的でない。ちょっとした騒音が煩い隣家ぐらいの程度問題である。

 ただ、抑止力の議論となると話は別だ。北朝鮮が事実上、なし崩し的に核保有国になった場合、根底からNPT問題となり、核保有国サークルの敷居は断然下がる。イランもまた同様で、本来的な議論としては核を保有しているかどうかよりも、核兵器を運用可能かどうかという性質に移り、潜水艦や貯蔵も含めた全体運用の問題に転化していく。

 したがって、単純に日本の国益を考えた場合に核保有の議論を進められる素地があるのであれば、北朝鮮問題というのは必ずしもリスクだけではなくて、核保有を抑止力として国民議論に仕立て上げられる可能性を持つ。もちろん、核実験やら国防費やら自衛隊再編やらこなす議論はあるが、15年ぐらいのスパンで考えるならば、見るべき景色も変わってくるだろう。

 相互防衛体制の枠組みもビジョンとして大きく変ってくる。アメリカの議会が日本に核技術を下賜してくれるとはとても思えないからだ。結果として、日米関係も変容せざるを得ないし、とはいえより強固になるだろうが、その上でこれもなし崩し的にインドやロシアとの関係を強化していかなければならなくなるだろう。

 そのころには、確実に金体制は金正日の死去と共に何らかの変容の結果を出しているだろうし、絶好調だった中国の経済も変調してきて、シナリオも分化しているかもしれない。ただ、確実にいえることはタイミングとしては決して悪くないし、日本の立ち位置も必ずしも酷くないということだ。

● 日本の経済問題と北朝鮮

 日本の経済はいつまで持つのか、という話が必ずセットで出てくるが、国債消化の状況から考えるに、日本の民間が日本政府の発行する国債を消化できなくなるまであと6年半、それまでの間に、増税したり国債の海外消化を考えたりしながら稼げる時間は5年程度と思われる。異論は認める。金融収支も貿易収支もまだまだ大丈夫だしねえ。

 北朝鮮だけがアジアの情勢変化のトリガーとはいえないが、ただし日本が「経済力」をカードとして切る手順は間違いなく封殺される。最悪なのは、財政はカラになってるのに、積み上がった外貨準備を狙われてそれを原資に北朝鮮復興資金作りをしようと提案されることだ。実入りのない提案をされたとき、これを全力で否定し、最低でも軽減させられるような口実はたくさん用意しておかなければならない。

 というところで客が現れたので結論はまたいずれ。