先週、お付き合いのある出版社さんの幹部会(研修会)というのに呼ばれまして、二時間ほどてれてれ語ってきたのですが、外部から見る出版社と、内部で出版業界の人が考えている出版社のあり方に差があるような感じがするんですよねえ。

電子書籍の流通支配に出版社はいかに立ち向かうべきか
http://it.nikkei.co.jp/internet/news/index.aspx?n=MMIT12000008022010

 タイミングよく、「エイベックス取締役の」岸博幸さんが面白い記事を書いておられましてご参照。これはまったく同感であります、お前が言うなという気もしますが。
● 紙のメディアは終わりなのでデジタルシフトして云々

 あんまり関係ないと思います。紙のメディアが売れなくなった、だから紙に情報を印刷して売るという出版社のモデルは滅ぶんだ、みたいな言い方なんですけど。

 別のサイトでも解説がありましたが、いま出版社が苦しい理由の結構な割合は、本屋という売り場面積が伸びない割に、店頭に並ぶ書籍や雑誌の点数が多すぎて部数を伸ばす本がなかなか出せないからです。主力商品で利益が取れないのは、紙だデジタルだというのとは別の次元の問題だろうと思います。

 売れる本を作るために、その会社が何をするかというのは、各編集局が考えていることだと思うんですけれども、基本はコンテンツを作るために投資をして、本というパッケージに作り込んで、顧客に提示するというビジネスサイクルがおかしくなっている、というところに尽きます。

● 出版業界の構造的不況で売上が低迷して云々

 デジタル化で割を喰っているコンテンツ業界は多々あります。出版業界はもとより、音楽業界、映画業界、テレビ業界、ゲーム業界などなど、どこも大変なのは事実です。

 ただし、苦境に陥るメカニズムは各業界ごとに違います。デジタル複製の乱造でセールスが激減した業界や、ライフスタイルの変化でビジネスモデルの根幹が揺らいでいる業界などあるのですが、出版業界に関しては、上記のような本を出すための投資サイクルが崩れていることのほうが問題になってます。

 一番考えるべきは、出版業界の大手で、ここ数年で売上が何割減りましたか、という話でありまして、テレビ業界もそうなんですが、実のところ売上は横ばいやや低迷という程度で、そんなもん、本来の経営努力でどうだって埋められる程度の減少幅だろうと思います。

 何十億と赤字を出して創業以来の危機云々で労働組合がどうとかっていう話は、経営陣が泥を被って賃下げ解雇事業撤退含めリストラを断行する能力の問題であって、出版業界そのものの問題じゃありません。

● 出版業界は中抜きが云々

 大手出版社などは著者を抱え、週刊誌など媒体を持ってそこへ掲載するための投資を行ってコミック等のセールスで回収という事業モデルを持っているので、それ自体が中抜きだなんだといい始めたら新人への投資もできないしメディアミックスや二次利用収入なんて狙えません。だから、堂々と投資をしてどんどん中抜きして、作家を中心としたコンテンツとその周辺の二次利用でじゃんじゃん儲けて作家も会社もいい思いをすればいいんだと考えます。作家性も大事だけど、その作家性を商業ラインに乗せるための投資は出版社の大事な機能で、投資をするからには回収しないと成り立たないのは当然ですしね。

 問題は、中抜きの仕方が時代にマッチしなくなったという部分じゃないかと思います。週刊誌の実売が横ばいになって人気作品が出ず、漫画なら漫画、ラノベならラノベというコンテンツジャンルが読者と一緒に年を取って読者層拡大ができなくなるというのは、これは出版社の責任ではなく、儲け方の制度疲労というものです。

 漫画家や作家、ジャーナリストなどの徒弟制度のようなものが、安価な労働体制を生み出し、以前は機能していた編集者と制作者の互恵関係が崩れて問題を起こす例が増えたのは、表現をするための媒体やジャンルが多様化して顧客が分散していくなかで出版社が実現できる機能が相対的に低下してしまったからだ、と考えます。

 とはいえ、本が売れてないわけじゃありませんし、活字離れをしたわけでもありません。国内市場が伸びないだけなんですよねー。

● 赤字だと騒ぐ前に、ふさわしい経営努力を払ってから云々

 ゲームやデジタルコンテンツ系が主戦場なので、あまり出版社で数字を管理されている人とお目にかかる機会は乏しいのですが、同時に出版業界ほど苦しそうな割に適切な経営努力を払ってない業界も珍しいと思います。経営状態が悪いからと言って、編集プロダクションやサイト設計をする出入り業者は容赦なく値下げ交渉したり契約満了で切ったりするくせに、官報とか開示された情報を見るとなんだこの人件費率はと思っちゃったりもします。

 また、一口に出版業界といっても、大手と中堅と専門中小ではもちろん状況も違うでしょうし、書店などエンドと取り次ぎの問題なんかも随分前から言われてきました。業界全体の危機といえば、いままではブックオフ程度だったけど、印刷会社も巻き込んだ業界再編みたいな話にもならずに終わったのは幸いだったのか不幸だったのか、いまとなっては分かりません。

 出版はメディアを持っていますから、声が大きいのは分かります。というか、仕方がありません。でも、外に向かって「苦しい!」という前に、不採算部門の閉鎖なり、非稼動・遊休資産の売却なり、早期退職制度の充実なり、経営陣の報酬カットなり進めるべきだと思います。十年前は300億儲かっていた会社が、十年間に売上350億減って、経費がそのままだったら、50億の赤字に転落するのは当たり前じゃないですか。

● 業界再編云々

 そういう適切な経営努力を普通は払ってから他社との合併とか考えるのが筋道なんですけれども、このオリコンの微妙な数字の出ているサイトの下のほうに、業界シェアの円グラフがあります。集計の仕方にやや異論はあるけれど、大手を除く「その他」が64%も占めてる多様すぎる業界が出版業界ということになります。

09年書籍市場の総売上部数13億1064万部、売上金額1兆1560億円
http://biz-m.oricon.co.jp/news/data/349.shtml

 出版業界の人は、世間のマインドなどの感性が鋭い人が多く、アンテナも高いんですけれども、徹底的に計量管理ができない経営陣を組成して人事抗争している様子です。みな分かっていて、よく理解できていて、話もすんなり聞けるんだけど、会社だけは大赤字だったりするんですよね。

● 情報を取り扱うマインド云々

 最近の読者はデジタルで満足して金を払わないという仮説を立てて、ネット業界を敵視したり、ウェブで出版社はコンテンツを展開するべきではない、と主張する人々がおります。一方、まったく逆にネットに迎合しまくって、とにかく週刊誌の代替は電子出版でありウェブでの無料公開でありそこで話題になればコミックの売上も戻って云々と仰る人々もおります。なんでこう、皆さん極端なんでしょうかね…。

 基本的には、メディアをコントロールしたいと考えるのが出版業界のDNAであるようなので、自由にならないウェブが嫌いだ、無料文化は滅びるべきというようなご意見をよく頂戴します。うちや関連がやってるデジタル関連事業があるから本業がうまくいかないという部門対立も起きます。もちろん、採算だけで考えたら、作品に投資する機能で飯を喰っている出版社がウェブを嫌うのも理解できます。

 でもまあ、お言葉を返すようですけど、「お前の話を聞かせろ」といって呼びつけておいてはした金程度の謝礼も満足に払わない出版社さんは多いです。こっちも面白半分物見遊山興味本位だから別にいいけど。あと、出版社や新聞社の人達ってマゾです。「うちの悪いとこ、どんどん言って!」とか。だからこっちも適当に「社員半分にしろ」とか「ストされてもいいからリストラ断行しろ」とか「労働組合と刺し合ってでも経営本位の筋肉質な組織にしろ」とか長淵剛みたいなことを言うわけですが。

● 潰れそうだ云々

 お疲れ様でした。

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