置き忘れ議論のひとつに、池田信夫氏の提唱した「複雑な問題に簡単な答はない」という比喩がある。池田信夫氏の賢さと、それに基づいたある種の欺瞞はここに凝縮されていると思う。

複雑な問題に簡単な答はない*
http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51308005.html
複雑な問題に簡単な答えはない
http://progre2033.blog27.fc2.com/blog-entry-628.html
「デフレ対策」論争についての雑感
http://eurofunda.dtiblog.com/blog-entry-754.html
反デフレ政策FAQ中のFAQ
http://www31.atwiki.jp/anti_deflation/
池田のブーのブログ
http://ameblo.jp/ikedagagabaka/
■[economics]金融政策論争
http://d.hatena.ne.jp/Yasuyuki-Iida/20091109
デフレFAQ(リフレ派版)
http://anond.hatelabo.jp/20091109201234
 複雑な問題、すなわちいろんな要素が絡み合った問題というのは、それ自体が集積された問題の山であって、当然のことながら解題、山のようになった問題をバラし、解決可能なサイズにする、という作業が本来は発生する。細かくなって個別には解決できるようになった問題を、相互に見比べ、優先順位の高い順番に解決していくというのが、本来の問題解決のパターンである。

 ところが、複雑な問題という命題を定義する人と言うのがいる。もちろん、その一人が池田信夫氏だ。だが、これらが複雑だ、解決が困難だ、という主張は、裏返せばそれで飯を喰っている、問題があること自体が本人にとって利益がある、という図式が見える。

 電波利権しかり。複雑な問題のように見えるが、個別政策の問題点の集積に過ぎない。ひとつひとつ取り組んでいけば、実際には解決できる問題なのだけど、解決してしまってはそれに取り組んでいる人達は蓄積した知識を転用することが困難になり、存在意義を失う。ライフワークとして取り組んでいる問題が、複雑であればあるほど、専門家としての価値は上がり、自分が扱っている問題は複雑なのだと豪語するほどに存在意義は高まるという仕組みに過ぎない。

 池田信夫氏の著作を精読するに、池田氏独特の言い回しや考え方というものがあり、利権という問題があるという前提から出発している。適正な利潤かどうかはさておき、人が介在し人が発注するのだから、そこに意図的なものが皆無であることなどないであろう。存在するのは属人的な意志決定であり、組織に属している以上は組織の意志決定プロセスなどは存在するのだから、ひとつひとつの問題は実にシンプルなものである。

 ところが、無理に問題をややこしくするのが池田氏の癖である。で、壮大で複雑な問題に取り組んでいる俺は凄いという話になる。しかも、うっかり池田氏は論が立って、おまけに優秀でもあるものだから、いい加減な論拠のものでも何となく凄いことになってるように見えてしまう。

 池田氏の議論に通弊があるとするならば、「議論を分かりにくくするため複合化させる」「裏書きとなる著名人・有名人の議論を意図的に端折ったり部分引用して、自説の補強に使う」「議論の前提を摩り替えて、論争を泥仕合にする」「確定していない事案を断定で語り、その分野に通暁していない読者に間違った知識を与える」という部分ではないかと思う。議論ごとに言葉の定義が移り変わるので、「希望を捨てろ」と書いたり「希望はある」と語ったりと場面によって論説がふらつくことになるのだ。

 一番痛い部分は、池田氏自身がある種の御用学者2.0的なポジションであることに気づいているのかどうかさえ判然としない、自己認識の甘さにあるように思う。池田氏を使っている役人が都合の悪い情報を流してウェブや雑誌に池田吼える状況を作らせる、それというのは理由があって、池田氏が語る程度のことを新聞が後追い報道しないという保身の材料やガス抜きに使っている部分である。

 本来ならば、これは完全に欺瞞なのだが、池田信夫氏の知的な愛嬌というか、遠巻きに見ていて感じる最高の面白さというのがあって、ああ騒いでるなという感じがして野次馬としては抜群に楽しいのである。今回の件にしても、勝間和代女史が政府方の話題取りに乗せられてほいほい会議に出た、それだけの話が、池田信夫氏が脇から登場して池田信夫無双をネット上でやるもんだから、耳目が集まって、当初の勝間女史なんかどうでもいいぐらいリフレに皆ピントあって議論が盛り上がる的な。最高である。誰も期待していなかった露出効果が、ウェブ上の池田信夫氏には存在する。生粋のエンターテイナーであって、ハードパンチャーであり、パンチドランカーである。まさにスターだ。

 結果として、リフレ政策って何だったっけね的な話が、あの暗黒卿高橋洋一氏の不可解な書類送検で埋没して以降久しぶりにネット上の経済論述の主題として数日間流行するきっかけを作った。本来なら、その果実は勝間和代女史が官邸に持ち込んだ書類によって湧き上がるはずが、少なくともネット上では一致団結した池田信夫氏を中心とする特設リングで「クロスファイアを受けて面白がられる池田信夫」というエンターテイメントに昇華し、話題を独占するに至るのである。

 世間的な注目度では圧倒的に勝間和代女史なのだが、そこに論戦を吹っかけて注目が池田信夫氏に移り、凄まじい勢いでオウンゴールを決めて自沈する心象風景はやってできることじゃない。ああ楽しい。本当に面白い。しかもためになる。引き続き池田信夫氏のステージを楽しんでいたい。最高だ。