本日ピーター バーンスタイン氏という投資家であり、歴史家でもある方のインタビューを見ていたが、10年の程度の過去の経験値から予測と、100年単位の歴史的観点から見るのとでは、物事が大きく違って見えるという点を学んだ。

人間は過去10年の経験値、成功体験や失敗体験から学ぶことは多く、それに基づいた行動をとるのが、一般的な成功者の行動である。

一方、100年の単位で物事を見ると、社会の仕組みの変革はつきものである。100年前といえば、日本では明治時代であり、現在に至るまで、軍国主義、戦後の混乱を経て、今に至っている。

バーンスタイン氏は、1982年以降インフレが抑制された中、各国中央銀行の管理の下25年もの長期間に渡り、投資リスクが低い状況が長く続いた。この結果、投資リスクが低い仕組みの中、参加者全員がどんどんリスクを取る行動をとった。この結果、リスクの低い仕組み自体が壊れはじめた。つまり、過去20年の安定した経済環境は終焉の入り口にある可能性を指摘している。つまり、今後は激しく環境が変革する可能性、あくまでも可能性であるが、これを指摘している。

仕組みが変わるとどうなるか?どうなるか誰もわからない。これほどまでに不確実な時代は、1920年代、もしくは1960年以来記憶にないと氏は言う。そして変革期には、不確実性に対するヘッジが必要であり、ヘッジがなければ、社会の仕組みの変革に巻き込まれる。これは、夜中に明かりのないトンネルの中を歩くほど危険なことだという。不確実性に対するヘッジとしては「金」が重要であるとも言っている。

なお、サブプライム債が問題視され、株式市場は大きな打撃を受けているが、債権に対する「不正」「不適格」な格付け問題であり、今後の焦点は「債権市場」に移る。この市場は株式市場に比べ比較にならないほど大きい。例えば、米国債の投資格下げにも及ぶ可能性がある。これからがクラッシュ本番である。

自分はあと50年くらい生きる、と考えた場合、経済的には将来の不確実性に対するリスクを備えるポジションを取るつもりであるが、同時に50年間を、誰と、どう、生きるのか、という本質で物事を見るべきなんだろうな、とも思ったりする。50年間美人であり続ける人はないだろうが、50年間仲良しでいられる人はいると思う。