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 瀧安寺1

本山修験宗 箕面山 瀧 安 寺 
創建 658年 開基 役小角 本尊 弁財天

箕面滝への中腹にあり、紅葉の季節には
朱塗りの橋が 一段と映える 

斉明天皇4年(658) 一説には白雉元年(650) 役行者によって開かれた

 瀧安寺2
 
役行者は箕面滝で苦行を重ね秘法を感得 修験道の奥義を究めたが、
その時、現れた弁財天の助けを受けたので、
その報恩のために堂宇を建立し 箕面寺と称したのが始まり。
修験道の根本道場となり 中世には僧坊80余が建つ大寺院となった。

瀧安寺には多くの修験者が修行のために参籠し、
その中には行基 空海 円珍 日蓮 法然 蓮如ら名僧 高僧の名が見える。

 瀧安寺3
本 堂(弁天堂)
後水尾天皇の寄進、奥殿と拝殿から成る神社形式。
本尊に弁財天、脇尊に毘沙門天と大黒天を安置。  
弁財天像は 1400年の歴史を持つ日本最初 最古の弁財天像
60年に一度開帳される 秘 仏
日本四弁済天( 江の島 竹生島 宮島 )のひとつ。

西国(阪急)七福神・弁財天

 瀧安寺7
妙 音 天

 瀧安寺4


 瀧安寺5

 瀧安寺6
行 者 堂(開山堂)
本堂同様に、奥殿と拝殿から成る。
主尊に役小角、脇尊に不動明王と蔵王権現を安置。

 瀧安寺8
観 音 堂 :2002年再建。

 瀧安寺9
中央に如意輪観音(平安時代 重要文化財)
左右に阿弥陀如来 弘法大師を安置。


 2010 02 14


山門は光格天皇が御所の門を下賜したもので
「瀧安寺」と書かれた山門の 扁 額 は、
京都・聖護院の第30代座主・盈仁(えいにん)法親王の筆。

 瀧安寺10

この扁額は後醍醐天皇が元弘の乱の失敗で隠岐に流された時、
護良親王が 瀧安寺に天皇還御の祈願を依頼、
天皇が隠岐を脱出することができたので、
建武の中興の際 後醍醐天皇から「瀧安寺」の寺号勅額が贈られた。

 瀧安寺11
富 籖 箱 - 桃山時代 
戦国時代の天正年間(1573~92)に始まった「箕面の富」は、
江戸時代の「富くじ」の元祖、宝くじ発祥の寺。
箕面の富は 金銭が当たるのではなく、
毎年行われた1月7日の お富み法会の時、
大当たりの開運錦のお守りと一緒に
鏡餅 福杖 長命箸などの賞品が授けられた。
これが発展し 江戸時代の「富くじ」となり、
現代の「宝くじ」となった。

 瀧安寺12

 瀧安寺13


 瀧安寺14