慈 照 寺 (銀閣寺)
( じ しょう じ  ぎんかくじ  )

 銀閣寺1
楼閣建物を「銀閣」と呼ぶことから、寺院全体が銀閣寺と称される。

京都東山・大文字山の麓に 室町幕府8代将軍の足利義政が創建。
金閣寺(北山山荘)と並ぶ楼閣建築の代表寺院。正式名称 慈照寺

 銀閣寺2

祖父・義満が建てた金閣寺を参考に、文明14年(1482)東山山荘(東山殿)を造営を始める。
建築を始めた翌年(1483)に移り住み、別荘としてだけでなく表向きの仕事にも使う。
金閣ほどの規模はないが、会所、常御所(つねのごしょ)などの大規模な建物が建ち並んでいた。
 現存するのは銀閣(観音殿)と東求堂(とうぐどう)だけ。

 銀閣寺3

義政は東山山荘の完成を待たず延徳2年(1490)死去。
菩提を弔うため東山殿は寺に改められ、相国寺の末寺として慈照寺が創建。
戦国末期(1570年頃)に前関白の近衛前久の別荘にもなったが、前久の死後再び相国寺の末寺となる。

 銀閣寺4
銀 閣( 観音殿 )2層構造

初層 : 「心空殿(しんくうでん)」 住宅風様式
上層 : 「潮音閣(ちょうおんかく)」禅宗様(唐様)の仏堂。

現存する唯一の室町期・東山文化を代表する楼閣庭園建築。

金閣の金箔に対して、銀閣には銀箔を貼った痕跡はない。
義政が茶道を趣味とし禅宗文化に帰依した わび・さび人ゆえに、
創建当初から銀箔を貼る計画はなかったと思われる。
2007年の科学的調査でも銀箔は検出されなかった。

屋根  柿(こけら)葺の屋根には金銅の鳳凰が羽ばたく

 銀閣寺5
銀 沙 灘 (ぎんしゃだん) 向 月 台 (こうげつだい)
 銀閣寺6

本堂(方丈)前 砂を波形に盛り上げた銀沙灘と円錐型の向月台
向月台の上に座って東山に昇る月を眺めたと言われている。
 銀閣寺7

銀閣(観音殿)前に広がる錦鏡池(きんきょうち)を中心とした池泉回遊式庭園。
西芳寺(通称:苔寺)の庭園を模したと言われる。
現在の庭園は 江戸時代に改修されたもので、創建当時とは異なる。

 銀閣寺8

 銀閣寺9

 銀閣寺10



 2009 05 15



 銀閣寺11








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