談 山 神 社
( たん ざん じんじゃ )

『多武峰(とうのみね)縁起絵巻』(県・文化財指定)より
右上の人物 右:中大兄皇子 左:中臣(藤原)鎌足
談山神社絵巻特別公開(平成21年3月20日~5月31日)
皇極4年(645)大化改新を目前にした中臣鎌足と中大兄皇子(後の天智天皇)が、
蘇我氏を打倒する談合を行ったことから「談(かたら)い山」「談所(だんじょ)が森」と呼ばれ、神社名称の由来となる。
この年、蘇我入鹿を飛鳥板蓋宮で誅殺して大化改新が断行された。

楼 門

本 殿
大化の改新の主役・藤原鎌足(614~669)の墓所で、鎌足を祭神とする神社。
鎌足は天智8年(669)に没し、摂津国の阿威山(高槻市)に葬られた。
中国・唐に留学していた鎌足の長男・定慧が帰国。
遺骨を多武峯に移し、十三重塔を建てその下に葬り 妙楽寺と称し、
塔の東には聖霊院を建て 鎌 足 像 (木造)を安置。


平安時代 惣社が創建され、神仏習合の形態を取り多武峯寺と呼ばれた。
南北朝時代に南朝方の拠点となったため、全山焼き払われる災禍にあう。

明治の排仏毀釈で仏教色を一掃、一山あげて神社に転じ談山神社となる。
聖霊院が神社本殿、護国院が拝殿、常行三昧堂が権殿と変わる。
ともに 国指定の重要文化財

藤原鎌足の墓塔である十三重塔は、享禄5年(1532)に再建されたもの
高さ17m、木造十三重塔としてはわが国で唯一。

神 廟 拝 所
高さ600mの多武峯の山頂近くに建つ神社は、朱塗りの社殿に紅葉が映え“関西の日光”と言われる。
紅葉が燃えるころは大変な人出で賑わうが、普段はひっそりと もの静かな神社。
朱塗りの極彩色が木々の緑と鮮やかな対象を見せている本殿や木造十三重塔が 四季折々の自然に調和し、素晴らしい景観を創り出している。

拝殿の軒先に並ぶ吊り灯籠


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