家 原 寺
( え  ばら   じ ) 


 家原寺1

受験シーズン真っ只中、「知恵の文殊」で知られるこの寺は、合格祈願のメッセージを書いた約2万枚のハンカチで、本堂が覆い尽くされていた。
かつては「落書き寺」として本堂の壁などにチョークで直接願い事が書き込まれていた。
それがエスカレート、柱や壁にナイフで切り込まれるようになってしまう。
現在では本堂を傷めないよう1枚700円でハンカチを用意。
画鋲で壁に留めるようになり、受験の時期の風物詩に。
ハンカチの数は、年間5万枚にもなるという。

 家原寺2

 家原寺3

聖武天皇勅願所  昇運招福の寺 行基菩薩誕生地
高野山真言宗 別格本山。 一乗山・ 家 原 寺

行基37歳のとき(慶雲元年 704)父の菩提寺として 生家を寺にする。
「もとの生家を掃き清めて 仏閣となす」 (行基年譜 記述)
行基建立寺院の第一号だが、行基建立四十九院は含まれず、特別扱い。

 家原寺6

山号の「一乗山」は、人が仏の心を学ぶ聖地、
「家」は行基の生家、「原」は母親のお腹を表す。
本尊は、行基自身の造立による文殊菩薩で、
日本で最初に本尊として祀られたことから
「家原の文殊さん」として親しまれ、
智恵を授かるお寺として受験生に人気が高い。

叡尊が寛元3年(1245)再興、
住職の行覚が正和5年(1316)菅原寺(大和)の本記をもとに「行基菩薩行状絵伝」(絹本着色、三幅、重要文化財)を描かせて行基を顕彰し 行基信仰を推進した。

地 蔵 堂                  開 山 堂
 家原寺7
薬 師 堂                  不 動 堂 


 家原寺4
三 重 塔 (指定なし、平成元年 1989年、銅板葺、高さ20m)
 家原寺5



 家原寺8 本堂文殊堂 (江戸時代 慶安元年 1648年 再建)


 家原寺9
南大門は幾多の戦災や火災から生き延び、寺で最も古い建造物(昭和40年ごろ修理)。
廃仏毀釈で荒廃したが、現在安置されている仁王像は明治時代に近郊の寺院より移設したもの。
本来安置されていたものは 運慶 快慶 の作と伝えられるが、
廃仏毀釈の後、明治時代にフランス人の美術商に売却され、
現在は米国ワシントンのフーリエ博物館に収蔵されている。


 2009 03 01









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