橿 原 神 宮
( かしはら じんぐう )
標高199.2mの畝傍山(うねびやま)は、大和三山の中で最も高い。
その南東麓に、橿原神宮が鎮座している。
第一代の天皇・神武天皇は、紀元前660年ごろ畝傍山の麓で即位し、橿原宮を造営した。
(日本書紀)
神武天皇は、皇孫・瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)が、この国土に降りた日向(ひゅうが)国高千穂の宮におられたが、天下の政治(まつりごと)を行うべく、はるばる東遷の途に立たれた。
途中幾多の困難に遭われたが、ついに大和の国を中心とした中つ国を平定され、畝傍(うねび)の橿原の宮において即位の礼をあげて、国の基をたてられた。
この記述に基づいて、明治23年(1890)橿原宮の跡地に創建された。
神武天皇と皇后の媛蹈鞴五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)を祀つる。
17世紀ごろから小さな祠があったと言われる所に、社殿造営に当たって明治天皇が京都御所の賢所と神嘉殿を下賜され、本殿などが造営された。
50万平方mの広大な神域を持っており、昭和15年(1940)の紀元2600年を祝賀して、全国から延べ120万人の建国奉仕隊の人びとの勤労奉仕によって、15万本のシラカシ、クス、ウバメガシ、松などの献木が植樹された。これらの樹木が今は大きく育ち橿原神宮の森を形成している。
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