神  護  寺  
   ( じ ん ご   じ )


神護寺1
正式には高雄山神護寺といい、平安京造営(794~)の最高責任者(造営大夫)であった和気清磨(わけのきよまろ 733~799)が今の愛宕(あたご)神社の前身・愛宕山白雲寺などとともに建てた愛宕五坊の一つ、最初は高雄山寺と呼ばれた。
天長元年(824)和気清磨が創立した河内(大阪府)の神願寺の地がよごれた所でふさわしくないという理由から神願寺が高雄山寺に合併され、神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ)と改名。その略名から神護寺と呼ばれる。
弘法大師は、中国の唐より帰朝後、大同4年(809)から14年間住持し、真言宗立教の基礎を築く。
のちの東寺や高野山金剛峰寺と並ぶ霊刹(れいさつ)として名高い。
また、伝教大師最澄も一時この寺にいたことがある。

神護寺2

その後2度の火災で衰えたが、
平安末期1148年、文覚(もんがく)上人が後白河帝や源頼朝の庇護を受けて再興。

神護寺3

山岳寺院とされているだけに、行く道中かなりの急坂で、350余の階段を登る

神護寺6
1623年再建の楼門(仁王門・山門)を入ると正面に1623年再建の五大堂

神護寺7
その左手にかつての金堂であった1623年再建の毘沙門堂
またその奥には唯一戦火を免れた大師堂(重要文化財)がある。

そこから階段を右手に見て、
下ってゆくと「かわらけ投げ祈願」で有名な錦雲渓、地蔵院があり、
神護寺9

階段を上がると金堂に出る。建築年代は比較的新しく、昭和(1934年)
神護寺12

神護寺13

神護寺14
金堂には、木造の本尊薬師如来立像(国宝・平安初期・8世紀末)が祀られている。
前身神願寺以来の本尊で、和気清麻呂(わけのきよまろ)の発願で制作された
唇と目にわずかに彩色のあとが残り、きびしい表情に量感のある体、するどいノミのあとをみせる像は、見る者をいすくめるような双眸(そうぼう)や、隆起した両腿(りょうもも)などの圧倒的な量感に、際だった特徴がみられる。檜の一木造。。
1 (c)NHK
2 (c)NHK


3 (c)NHK


神護寺10
金堂の西南に建つ大師(平安-桃山・重文)は弘法大師の住坊跡とつたえるが、現在のは桃山時代の改築をうけた1168年再建のもの。山内で最古の建物である。柿葺の住宅風建築で弘法大師がまつられている。

神護寺8
金堂からさらに階段を上ると多宝塔があり、
五智如来(金剛界五仏)の変化身である五大虚空蔵菩薩座像(平安初期貞観彫刻一木造り・国宝)5体が豊満な姿で並んでいる。
いずれも像高1m前後で持物を除けばほとんど同型、白・黄・青・赤・黒の鮮やかな色彩が施されている。

神護寺5
  宝 蔵

神護寺15
金堂脇に端然と鎮座する不動明王像、光背の火焔に加えて紅葉が光を放つ

神護寺11
銘文で有名な銅鐘(国宝)は三絶の鐘と呼ばれ、日本三名鐘の一つに数えられる。

肖像画の傑作、伝源頼朝像、伝平重盛像など(共に平安末ー鎌倉初・国宝)が伝わる。

神護寺16
境内の西の広場から清滝川にむかって崖上から飛ばす「かわらけ投げ」に、昔から人気がある。

神護寺4


清滝川をのぞむ尾根を切り開いた境内一帯は紅葉の名所で、秋には全山紅葉にそまる。
近くにある西明寺高山寺とともに高雄三山と呼ばれ、高雄の紅葉スポット。

  

2008 11 12



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