道 成 寺
寺伝に拠れば、
大宝元年(701)文武天皇妃藤原宮子の発願によって建立された紀州最古の寺。
紀 道 成 が建立奉行であったため、このように命名された。
慈悲の仏である本尊千手観音菩薩の救済にあずかろうと、
古くから多くの人々が参詣した。
62段の石段を上り、朱塗りの仁王門をくぐると、
正面に堂々たる入母屋造りの本堂、右に三重塔、
左に大宝殿と、広々とした境内に出る。
おおらかで、ゆったりとした雰囲気に包まれる。
宝物殿には、空海作といわれるカヤの1本造(約3.6m)の千手観音立像や、
月光菩薩像など数々の重要文化財が納められている。
熊野参詣道の順路にあるため、今も尚多くの参詣者で賑わう。
■ 「 絵 と き 説 法 」
縁起堂では住職による安珍清姫の絵解き説法が、ユーモア交じりで繰り広げられ、とても面白く、参詣観光客の人気を集め、数十分間も退屈させない。
絵ときに使われる絵巻は、『道成寺縁起』の忠実な複製。
オリジナルの重要文化財は、奥にしまっている。
絵巻の一方を軸にはめ、一方は片手で巻き取りながら場面を変化させていく。
そのときの僧侶の話し方・内容が、とても面白い。
ついつい聞き入ってしまうので、終わってみると
いつのまにか説教までされてしまってるが、なるほどと感心してしまう。
説法は「安珍清姫」の物語にはじまり、
最後には「妻宝極楽(妻君を一家の宝と心して…) 」と説く。
道成寺ならではの 教えである。
■ 「道成寺物」= 説 話 の 芸 能 化」
能楽:『道成寺』、歌舞伎:『京鹿子娘道成寺』、地歌:『鐘ケ岬』
人形浄瑠璃:『日高川入相花王(ひだかがわいりあいざくら) 』など
説話を知る人々の中から、芸能の作り手と受け手が現れ「道成寺物」が形作られた。
原説話を知らない人々にも受け入れられる「道成寺物」そのものの魅力が、
現代まで残存している理由であると同時に、
「道成寺物の本質」であり、「原説話(=安珍清姫の物語)の本質」でもある。
安珍が焼き殺されたと言う釣鐘の跡地。
釣鐘は、戦国時代豊臣秀吉に取られ京都の妙満寺に奉納されたままで、
2004年に、420年振りに2ヶ月ほど里帰りをした。
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