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真実

“かみひとねっとわーく京都”様から転載の承認を頂き、「神人facebook」、「神人News~うれしうれしたのしたのしみらいへ~」創刊号からの"メッセージ"、"神人靈媒日記"、"大日月地神示"等々を掲載をさせて頂いております。

神人facebook〜より転載

【今日のひと言2020.6.23 ① 】




〜 選択の仕方 〜


どのような時 どのような場所にも
必ず喜びが用意されています

それは「 美 」「 形 」「 変化 」です

何を見るか?
何を聴くか?
何を匂うか?
何を味うか?
何に触れるか?
そして、何を思うか?
ということです


どのような環境に生きていても
選択次第で心を満たせるのです

日本という地で生きるなら
衣食住あらゆることに恵まれています
幸せに暮らしやすい環境にあるのです


もし幸せではないという人は
選択の仕方に問題があるのでしょう
人間関係も暮らし方も選べるのです




"あなたは何を選びますか?"
















みなみなうれしうれしたのしたのし
かわるかわるありがたいありがたい
むーうーるーうーーー

2020.6.23 神人 拝

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
皆さまとの出会いに心より感謝申し上げます
より良き御縁が拡がってゆきますように
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

















ーーーー転載終了


ありがとうございます。
感謝 感謝 感謝











神人facebook〜より転載

【今日のひと言2020.6.22】




〜疑うこと〜


「簡単に人を疑うものではない!」
と私たち日本人は教えられています

即ち人を疑うことは悪いことであり
罪悪感や自己嫌悪感を抱くように
日本人は洗脳されているのです


お人好しとは
騙し易い=表面的=探究心が無い=無知
ということです

だからもし逆手にとれば
簡単に騙すことができる
世界でも類まれな民族なのです

見かけや肩書きに始まり
衣食住医政教すべてに対して
またメディア報道に対しても
自分で真偽を確かめることなく
簡単に受け入れてしまうという癖を
植え付けられているのです

これは民衆を先導しやすいように
作られてしまっているという状態です

この世の中には
悪いことをする人たちが沢山います
そんなことをするはずがない!
と思うことをする人たちはいるのです
人を騙して面白がっている人たちが
確実に存在し世界を操っているのです


真のアセンションとは
真実を悟り真実を語り真実に歩むこと
誰かに造られた虚構の世界を抜け出し
真の思考を得ることなのです

ですから疑うということは
決して悪いことではなく 
自分が真の幸せを得るためであり
大切な人たちを守るためでもあり
良き世界を創るためであるのです

悪しき虚構の世界で生きる
私たち日本人にとって
疑うことは必要なことなのです


目醒めるとは
世の中の真偽を問うことです
そんなバカな!そんなはずはない!
という先入観を手放すことなのです


『 すべて自分で確かめることです 』


"探究心のある限られた人だけが
  真実に辿り着くように仕組まれています"



目醒めよ!日本人!


目醒めよ!地球人!
















みなみなうれしうれしたのしたのし
かわるかわるありがたいありがたい
むーうーるーうーおー

2020.6.22 神人 拝

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
皆さまとの出会いに心より感謝申し上げます
より良き御縁が拡がってゆきますように
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

















ーーーー転載終了


ありがとうございます。
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神人facebook〜より転載

【神人靈媒日記2020.6.20】




〜日本の歴史について〜


 天皇の歴史は、神武天皇を初代とし、現在の126代天皇に至りますが、神武天皇以前の歴史に関して、古事記や日本書紀では、神世七代と呼ばれ、神々の時代とされております。
そして神々は、高天原より天下り国生みをなされたという風に記紀では言われておりますが、果たして記載されている話は、どのように解釈すれば良いのでしょうか?

 わたしは、解釈の仕方は大きく3つに分けられると考えます。

  1.事実である
  2.比喩である
  3.虚言である

答えは、いずれかとなります。

内容を読めば、明らかに事実ではないことが分かります。
ということは、比喩であるか?虚言であるか?のいずれかということになるのですが、虚言であるならば、ただの作り話ということになります。

では、比喩であるならば、いったい何を意味するのか?ということです。
なぜ歴史書を比喩表現で伝える必要性があったのか?
神とは?高天原とは?天皇家の出所とは?ということが、非常に疑問視されてくるのです。
 まず世間に伝え広めるためならば、誰もが分かるような記録文で良かったはずなのですが、編纂にあたった人がどのような意図を持っていたのか?を考察しなければなりません。
 比喩を解くにあたり、まず考えて頂きたいことは、感想文というものは見解の仕方が個々自由であり、万人が同じものにはなりません。
解釈の仕方において、意味をこじ付けて説くことは、幾らでも可能となりますので、いずれも正しい答えにはならないのです。
よって比喩表現にすることで、真相を正しく伝え広めることが出来なくなります。
逆に真相を有耶無耶にしたい、読者の想像力に委ねたい場合には、比喩表現は有効であると考えます。

 それから、わたしはシャーマンとして独自に、日本の古代史を靈視靈聴によって調べてきました。
それは歴史上の人物たちとの靈媒対話によるものなのですが、過去において確信的な情報を得ようとすると、必ず邪魔が入り阻まれ、長年監視されてもきました。
 それは、真相を明らかにされたくない大きな靈団勢力が存在しているということであり、何らかの秘密を頑なに守ろうとしていることが明確に感じられました。
特に、封印されている古代日本の歴史の真相に対して、真摯に向き合おうとすると、必ず強い霊障が起き続け、いわば掛けられている呪いに苦しめられてきたのです。

 そして時は流れ、近年わたしも靈媒として進化いたし、改めて日本の古代を靈視靈聴させて頂きました。
そこでようやく分かったことは、

"神武天皇以前の話は作り話である"

ということです。

それは神の世ではなく、人の世であり、神武天皇の祖先たちは、みんな人間なのです。
但し超古代に遡り、地球人の歴史ということになると、それは他星人(=神々,創造主)に繋がってくるのですが、それはまた別のお話となります。

 現在、初代天皇とされている神武天皇(神倭伊波礼毘古命)が即位したのは、今から2千年以上前の紀元前660年であるとされていますが、これも歴史的には定かではありません。
そのように言われているということにすぎず、おそらく後世において、擦り合わせがなされ年代設定されたものではないか?!と見受けられます。

 かつて古代日本は、「縄文」と呼ばれる時代が1万数千年間営まれており、稲作、土器や漆器、言語や宗教など、優れた文明が既に存在しており、自然と融合しながら平和的な時代を維持しておりました。
それは各地の先住民たちによって各々社会が営まれており、多くの小さな集団が存在しながらも、平和的な横の繋がりが保たれていたという時代なのです。

 そこへ、後の神武天皇(若くはその祖先より)率いる軍が西から東へと制圧してきました。
大陸から九州へ入り込み、四国、山陰山陽、近畿へと侵攻してきた、いわば大陸を追われ入植してきた渡来人たちなのです。

 弥生時代とされる古代日本は、近畿を中心に中央集権国家を目指し、大きく西国と東国とに別れることとなりました。
そして西国を官軍とし、東国(先住民族)を賊軍としながら、西から東へと天皇を中心とする軍によって制圧されてゆきました。
縄文の聖地であった東北は、蝦夷という悪しき者たちの棲む地と揶揄されながら、神武東征という名の侵略行為がなされていった、というのが日本の史実なのです。

   記紀とは、
官軍目線で描かれたものであり、あえて史観を有耶無耶に致し、歴史的な正当性を民衆に擦り込むために編纂された書とも言えます。

 侵略行為というものは、世界中で行われてきた歴史があります。
特に白人主義による世界各国の植民地化(有色人奴隷化政策)は非常に有名です。
そのように地球とは、悪魔(支配欲に取り憑かれた残酷な者たち)が支配してきた歴史なのです。
現代もなお、人種差別というものは無くなることはなく、形を変えながらも支配は続けられています。

ですから、悪魔の支配を終わらせることが、一番の課題なのです。そのためには、一人でも多くの人が真実を理解し、真実を説き、真実に生きることが求められてきます。

目覚めよ!日本人!
目覚めよ!地球人!
















みなみなうれしうれしたのしたのし
かわるかわるありがたいありがたい
むーうーるーうーおー

2020.6.20 神人 拝

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪
皆さまとの出会いに心より感謝申し上げます
より良き御縁が拡がってゆきますように
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ーーーー転載終了


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