新居でのインターネットが開通しました。
奥さんは早速、ネット三昧です。
中国のサイトは危険なもののが多く、パソコンの調子が悪くなるので閉口します。
今も、テレビ共用のパソコンが音がでず、意味不明の字幕がエンドレスで流れています。
奥さんは別のパソコンでテレビ電話中です。
そのテレビ電話も時々画像が映らなくなるので直してくれとの要求があります。
そんなこんなで昨日から仕事が手につきません。
今日は営業に出る予定だったのに奥様に振り回されっぱなしです。
まあ今月中は開店休業とあきらめてますが。。。。。

少数民族 プイ族 女性との結婚

今日は秋晴れのいい天気です。
街の仮住まいを引き払って、田舎に帰ってきました。
「Fさんの婚活物語」
で舞台になった 中部地方の寒村は私の生まれた村です。
奥さんは、毎日私の母親を手伝って畑仕事や掃除洗濯、料理を頑張っています。
昼前働くと、午後はお昼寝です。まあ腹ボテなので仕方がありません。
奥さんは、街の生活に少し未練がありましたが、
生まれ故郷の貴州省とよく似ているこの村を大変気に入っています。
でも、車の免許がなく、腹ボテなので自転車も乗れず行動が制限されるので少しかわいそうです。
まあ、こんな田舎でも高速インターネットがあるのでさびしい思いはしなくて済みます。
IT革新に感謝、感謝。

少数民族 プイ族 女性との結婚

メッセ名古屋も3日目です。
今日は雨だったので客入りはいまいちでした。
さすがに3日、お客さんを相手にしているとちょっと疲れます。
最終日はスタッフの人手が足りているようなので
私はゆっくりして撤収作業に専念することにします。
今回は10名を貴州省から招いて、
工芸品の紹介
お茶やお酒の試飲
民族文化の紹介
小中学校の交流事業の紹介
等をさせていただきました。


少数民族 プイ族 女性との結婚

中国のチャットシステムQQはあまりにも中国で当たり前です。
普通に名刺にQQのアドレス番号が書いてあったりします。
チャットはもちろん、電話・テレビ電話・メール・ブログ・アルバムなどの機能があります。
私もQQで多くの中国の方々と交流しました。
奥様もQQは必須です。友達や家族と連絡を取るのに使います。
これでスカイプのように一般電話にかけれたら完ぺきなのですが。。。。
あと、時々ウイルスの攻撃を受けます。
それでも便利なツールです。
中国ビジネスにかかわるならぜひQQの導入をお勧めします。

少数民族 プイ族 女性との結婚

今日からメッセナゴヤが始まります。
そこに私が所属する貴州省との友好団体も出展します。
企業さんみたいなスマートなディスプレイはできませんが、手作りの展示を行いました。
貴州省から10名の企業経営者も駆け付けPRを行います。
私も、交流活動を模造紙1枚にまとめブースに張ってもらいました。
どんな反応があるか楽しみです。
Fさんの妹P子はFさんより4つ下です。
P子は小さいころからお兄ちゃん子でいつもFさんの後をくっついていました。
両親が共働きだったのでFさんもP子の面倒をよく見ました。
幼い兄妹はいつも一緒でした。
P子がガキ大将にいじめられると、普段の温厚なFさんが目の色を変えてガキ大将に立ち向かっていきました。
算数が苦手なP子に根気よく教えたのもFさんでした。
Fさんが入ったサッカークラブにもいつも付いてきてボールじゃなくてFさんを追いかけました。
P子が小さい時よく「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるぅ」と言いました。
さすがに小学生の高学年になると口には出しませんでしたが、実はその気持ちは続いていました。
中学になって、同級生を好きになった時、初めに報告したのはFさんでした。
Fさんが高校を卒業し、都会に出た後、P子は非行に走ります。
心の支えだったお兄ちゃんが家を離れて気持ちが不安定になったからです。
家出して、お兄ちゃんを訪ねて行ったりもしました。
高校生のころは地元でヤンキーのリーダー格になります。
ひととおりの悪い遊びは経験しました。
高校は卒業してヤンキーは止めましたが金髪とヤンキー言葉は直りませんでした。
20歳のときヤンキー仲間で大工をしている今の旦那と出来ちゃった結婚をします。
子供は3人、上の子はもう中学3年です。
40歳になるFさんのことを一番心配していたのはP子でした。
自分は結婚をし家庭を持ち、日々の生活に追われながら、それでも幸せな人生を送っています。
それに引き換えお兄ちゃんは都会の片隅で一人ぽっちです。なんとかならないものかいつもそれを考えていました。
でも、P子としても現実的に考えてFさんが結婚することが困難なことも同世代の人間として分かっています。
一方、昔の人間である、両親は結婚や同居に対して楽観的に考えています。
中国人妻をもらうことを初めに提案したのはP子でした。
初めは両親は強く抵抗がありましたが根気良く説得しました。
ヤンキーで社交的なP子は色んな人の付き合いの中で、多くの家庭を見てきました。
古い常識やたてまえだけでは幸せはつかめないことはよくわかっています。
愛するお兄ちゃんに何とか幸せになってほしい。
その気持ちが両親の心を動かしました。
P子は今、中国語を勉強してます。
Fさんの奥さんに会うときは覚えた言葉で挨拶します。
P子と奥さんは仲のいい姉妹になり、一番の親友になりました。
その年の大みそか、4人のFさん家族がこたつですき焼きをつつきます。
その準備をFさんのお母さんとそつなく奥さんはこなしました。
Fさんは1年前の大みそかを思い出します。
無言で両親と3人での食事、やり切れない思いで酒を飲み紅白歌合戦をぼんやり見ていました。
ゆく年くる年が始まって、なる鐘の音の合間の静寂の中でお母さんが話した
「中国人のおくさんをもらってみんか?」の一言で動き出したこの1年。
Fさんにとって人生でいちばん波乱万丈な年でしたが 今本当に幸せだなあと思います。
奥さんは年明けに婦人科に行きます。いま子供ができた前兆があります。
来年の大みそかには家族が5人になっている可能性もあります。
Fさんは来年の大みそかが今年の大みそかより、もっといい日になっていることを確信しています。
Fさんは到着の2時間前に空港に行きその時を待ちます。心臓がドキドキします。
到着は予定の時刻です。でも、入国の審査で手間取ってなかなか出口に出てきません。
イライラが頂点達したその時。奥様が登場します。大きな荷物を押してノースリーブの真っ白なワンピースを着ています。不安げでおどおどしていますが、Fさんを見つけると満面の笑顔になります。
Fさんが駆け寄ると人目もはばからず抱きついてきました。周りがアンバランスなカップルの抱擁にびっくりします。
新妻を車に乗せて3時間かけてFさんの村に到着です。奥さんは空港での蒸し暑さに驚きましたが、山間部の夜の冷気に一安心です。
Fさん宅は両親と妹のP子家族が待ち構えていました。両親は、人形のような奥さんが本当に家に来て言葉を無くすぐらいの驚きと喜びです。妹のP子はAKBみたいな家族ができたと大はしゃぎです。
次の日曜日、近くの料理屋さんで親戚と近所の人を呼んでささやかな披露宴を行いました。日本人同士なら、500万円近くの費用をかけて結婚式・新婚旅行・新居の準備をするのですが、中国人妻との結婚ではその必然性もありません。
Qさんには300万円払いましたが、総合的に考えると安上がりな結婚です。
Fさんは初めからこの奥さんと結婚できることが分かっていたのなら、3000万円といわれてもどこからかお金をかき集めて支払ったでしょう。
中学時代の同級生も有志が集まってお祝い会を開いてくれました。
男性陣は美人妻に羨望のまなざしです。女性陣は祝福と嫉妬の気持ち半分半分です。独身の男性陣はFさんにいろいろ聞いてきます。費用のこととか結婚までの流れを話してあげました。
10月初めからFさんは本格的に仕事を始めました。
車で20分ぐらいのところにある 親戚の工場です。30人ぐらいの会社で金属加工をしています。10月以前も時間が空くと手伝っていました。前の会社の経験が生きます。
田舎の下請け工場なのでレベルが低く、Fさんの改善案に社長さんはコンサルタントを頼んだようだと喜びます。前の会社で当たり前だったことを一部導入しただけなのに20%の利益改善になりました。年間にすると何100万円です。
材料の管理や、人の配置、設備の改善、品質管理 まだまだやれることがありそうです。Fさんは結婚して仕事への意欲も格段に増えたことも自覚しています。
会社の2代目で専務のKさんは、Fさんの2年年下で、高校の後輩でもあります。小さいときから気が合います。
奥さんもこの工場で働かせてもらうことになりました。朝一緒に出勤して、Fさんは残業するので帰りは家の近くのパートのおばさんに乗せてもらいます。
奥さんは、婚約してすぐハルピンで自動車免許を取ったので日本で国際免許のライセンスが取れます。今、申請中です。来年の春になったら奥さん専用の車を買おうと言っています。
給料は、かなり落ちましたが共働きなら前の給料を上回ります。田舎の自宅で同居なので、独身以上にお金が残ります。両親の年金と農家の不定期収入で家のことは食費も含めて回っていきます
奥さんには携帯電話を持たせました。同じ会社同士ならかけ放題です。困ったことが起きると先輩の日本人妻やQさんの中国人スタッフに相談します。
国際電話も安いカードがあり負担になりません。インターネットではQQやスカイプも使えます。ハルピンの家族や友達にしょっちゅう電話します。
奥さんは美人で素直なので、近所や会社で人気者です。日本語もどんどんうまくなっていきます。村の広報誌にも取り上げられました。
休みの日はFさんとあちこちに出かけました。水族館やテーマパーク、日本のお城や海辺のドライブ 奥さんは見るものすべて新鮮で大喜びです。
日本の温泉も気に入っています。先輩妻たちと温泉女子会もします。
Fさんは、結婚渡航前に会社を辞めていました。日本に帰ると実家に帰り、日本側の結婚手続きをします。さらに奥さんの入国申請をしなければなりません。
Qさんの指導でいろいろな書類を作り上げていきます。Qさんは行政書士に頼むと20万円はかかるのですよと笑います。Qさんのおかげでぬかりなく事が運びます。
無事に入管に必要書類を提出できました。入国許可は3か月ぐらいでおりるといいます。
Fさんは、次の仕事を始めるまで少しのんびりすることにしました。家は農家なのでやることは沢山あります。奥さんを迎えるまでに家周りを整理することにしました。
畑の草刈りや山の下刈り、間伐をお父さんやお母さんと汗を流します。家の大掃除や補修もしました。納屋のトタン屋根のペンキ塗りには2日かかりました。見よう見まねで庭木の選定もしました。
1カ月もすると家の周りはすっかりきれいになりました。奥さんがいつ来てももう大丈夫です。
奥さんには1日1回は電話しました。会話は続きませんが気持ちは伝わります。
電話はインターネットのスカイプを使います。1分数円です。Fさんの村にはケーブルテレビのブロードバンドが導入されています。中国ハルピンの田舎と日本の過疎の村をインターネットが一瞬でつなぎます。
QQという中国独自のチャットシステムも導入しました。こちらは無料です。
いずれもQさんの指導です。週に1回奥さんが、近くのインターネットカフェでQQを使ってテレビ電話してくれます。Fさんは2時間ぐらい彼女の顔を眺めます。
そうしてるとFさんは 無性に彼女が恋しくなり、6月に再渡航します。
空港ではかわいい笑顔で新妻が迎えます。男を知った奥さんの陳さんはますますきれいになっています。21歳の女性はまだまだ発展途上です。
Fさんはこれなら村の美人女性ランキングTOP1は狙えると確信します。
Qさんの配慮で安い宿に泊まれることになりました。1泊100元(1300円)です。
そこで2週間、疑似新婚生活を楽しみます。Qさんの現地スタッフも協力してくれて小旅行や散策に出かけました。新婚旅行みたいなものです。費用は物価が安いので格安ですみます。
Fさんが日本に戻ってしばらくたったある日、待ちに待った入国許可が下りました。
すぐに中国側でビザ申請します。Qさんのスタッフが手伝ってくれるので手抜かりはありません。奥さんの来日は8月の終わりに決まりました。
Fさんはカレンダーに印をつけて指折りその日を待ちます。
そして、ついにその日がやってきました。
Fさんは3月の後半、再びハルピンに向かいます。結婚式と結婚手続きのためです。
3月といえどもハルピンは日本の真冬より寒いのです。
でもFさんの心と体は火照っていました。婚約者の陳さんに会えるからです。空港の出口には陳さんと家族が待っていました。陳さんはますます可愛くなったように見えます。満面の笑顔でFさんを迎えてくれました。
取り合えず、ホテルに向かいます。一息ついで、陳さん家族とFさん、Qさんで食事会です。食事しながら、式の段取りと手続きについて再確認します。
そのあとは宴会モードになりましたが、翌日から手続きや結婚式がありますのでほどほどにして解散になりました。結婚前なので婚約者の陳さんはホテルの別室で休みます。Fは少しさみしいですが結婚式が過ぎれば、陳さんは身も心もFさんのもの。Fさんは一人で武者ぶるいします。気を鎮めるため、軽くウイスキーをあおって、ベッドで休みます。
翌朝、朝食を食べて、Qさんが準備した車で2人は結婚手続きに向かいます。
一日かけて、手続きと書類を作りました。Qさんは100回以上やっているので窓口のお役人とも顔なじみです。間違いはありません。これで晴れて2人は夫婦です。
奥様は結婚式の準備があるので一旦、自宅に戻ります。夫婦になったと言えども、今夜もおあずけです。
翌日は朝から結婚式です。もちろん中国式の結婚式です。陳さんの実家に行くと爆竹が鳴り、親戚が集まっています。
純白のドレスを着た奥さんはどこかの国のお姫様のようです。宴会場に移動して式と披露宴が進んでいきます。のんびりしてるので、終わったのは夕刻です。
Fさんは疲れてしまいましたが奥さんと2人だけでホテルの部屋でゆっくりすると、元気を取り戻しました。
いよいよ新婚夫婦の初夜の儀式です。それはFさんにとって人生のクライマックスになりました。アイドルのような奥様が身も心も自分の意のままです。Fさんは今まで真面目に生きてきて頑張ってきた甲斐が報われました。生きてきてよかったと大声で叫びたい気持ちです。
隣で寝息を立てて静かに休んでいる奥さんの顔を見ながら人生を振り返ります。
今ここで死んでもいいくらいです。
翌朝 目が覚めた二人はお互い見つめあいながら照れ笑いです。奥様はFさんに「おはようございます」と挨拶します。奥さんは婚約してから本格的に日本語を始めました。仕事も辞めています。
若いから言葉も急速に覚えていきます。
この日は写真撮影です。1日かけて記念の写真を撮ります。
ハルピン5日目は予備日です。奥さんもFさんも疲れたので奥さんを実家に帰して休ませます。Fさんも少しのんびりします。でも夕方奥さんはホテルに帰ってきてくれました。
6日目はハルピンの街でお買い物です。Fさんの日本へのお土産や奥さんの日用品を買ってあげます。物価が安いので持ち切れない荷物になりました。いつもひとりで歩いてきたFさんですが当たり前のように傍らにいる奥さんにうれしさと人生の不思議さを感じます。
最終日の夜は、また二人だけで熱く過ごしました。
翌朝、帰国の支度をしてホテルを出ます。彼女はあまり話さなくなりました。さびしい表情です。時折鼻をすすっています。Fさんはそんな彼女がいとおしく肩を強く抱きます。
空港での別れは辛いものでしたが、何ヶ月か後に奥様は日本にやってきます。しばしの辛抱です。
夕方 Fさんは日本に帰ってきました。