こんにちは。

楽生きマスターの’むらけん’です。

 

このブログでは「何物でもない人間がなんでもない毎日を幸せに生きられるようになるストーリー」をつづっていきます。

 

 

みなさん、

今日食べたものって何ですか?ニヤニヤ

それって、

どんな味がしましたか?

 

余程の仙人かプラーナを食べて生きている人以外はお食事されると思います。

 

その途中、TVを見たり、スマホをいじったり、おしゃべりしたり・・・ってことで多くの人は食事に集中していません。

 

その人たちは

ただ食事をしているだけ

「味わう」ということをしていません。
 

もちろん時間の使い方はそれぞれの人の価値観ですので娯楽で息抜きをする時間や商談など仕事に活かす時間などあって当然だと思います。

 

わたしもそんなことあります。

 

ただ

 

そうじゃないときはなるべく

今、ここに集中

します。

 

この場合だと

食事を味わい尽くします。

 

「味わう」

ってことの本質は

ありふれた日常の幸せを見つける

ことだとわたしは考えます。

 

食事をするときはいただけるありがたさ、手元に来るまでにかかった人手、地球からの恵み、そしてそのものの味をしっかり感じます。

 

何気ない普段の通勤も移り行く景色をながめ、いろんな人をながめ、季節を肌で感じ、このような経験を3次元的に体験できているという感情をしっかり感じます。

 

 

こんなことで幸せって感じられるのです。

 

 

生きてるだけで幸せはあるのです。

 

 

味わうのは食事だけではありません。

 

半年以上前わたしは重い扉で小指をはさみました。

幸い骨折と5針縫合の裂傷で済みましたがこの時わたしは怒りなどは全くありませんでした。

 

指が切断されていなかったことに感謝し、

緊急病院に送ってくれた同僚に感謝し、

診ていただいた病院に感謝し、

処置してくれるお医者様、看護師様に感謝し、

幸せな気持ちを味わい尽くしました。

 

完治するまではその不便さから日常の幸せを味わい尽くしました

 

とにかく感謝しかなかった。

 

 

周りにこんな話をすると変態扱いされますwポーン

 

でもどんなときも幸せを感じようとすれば感じられるのです。

 

 

小林正観さんは

「淡々と過ぎていく日常こそが幸せの本質である」

とおっしゃっていました。

 

本当にその通りだと思います。

 

 

なにげない日常を味わい尽くしてみましょう。

 

幸せの種はどこにでも転がっています。

 

あとはそれに気づいて、

自分が水をあげるか、

あげないかです。

 

 

 

 

本日のお話で皆様が幸せに気づくお手伝いができれば幸いです。


皆様の毎日が幸せにつつまれ、さらにその周りの人たちを幸せにすることがわたしのねがいです。

 

最後までご覧いただき

本当にどうもありがとうございました。

 

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