悲の内に仏はある
その悲しみをかき分けて
内にある仏を見よ
今朝、
この言葉が私の心に何度も聞こえた。
悲しみの渦中にある時
自分にそっと寄り添うように
慈悲の眼差しを向けてくれている
仏が自分の内にあると思うと
私は何が変わらずとも少し心が
安らぐと思った。
そして
今日の夕方、こんな話。
今夜はとても寒い。
私は外にいる猫たちのことを心配だと言った。
するとその方の娘さんがある寒い日、
道端の側溝の中に潜って寒風をしのいでいる猫を見つけたのだそうだ。
どうにかしてあげたくって傍に行ったら、その猫は
逃げて行ってしまったそうだ。
私はこの話を聞いて思った。
私は今たまたま、外の猫に餌やりをしている事で
この寒さに心を痛める。
けれど、私はこれまで外の猫の冬の大変な姿を
見たことはなかった。
正確に言うと、見向きもしなかったのです。
私は自分以外の人の苦しみに眼差しを置くことができる
心が無かったのです。
その娘さんの眼差しの中に仏を見ました。

