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 本日も創作落語でお楽しみいただければ幸いです。

 

 連続創作落語 つなよし 18 後編

 前編のあらすじ

  生類憐みの令の下 元禄時代 江戸の町に犬語を話す医者大山庵なる人物がおりました。そして彼の助手三吉はつなよしという名前の犬を飼っておりまして、これがなかなかの名犬。三吉は女房藍と仲睦まじく貧乏長屋で暮らしております。この夫婦の隣に住んでいるのは高田馬場の仇討ちで有名になった中山安兵衛。

 さて江戸の町には毎年七夕の夜に豪商が火事になり見物人が何者かに斬られるという怪異があり、当時火盗改め役長官であった中山勘解由、通称鬼勘解由がこの下手人捕縛に奔走しておりますが今年は薬種問屋伊丹屋が狙われるらしい。根拠は伊丹屋の主人の見た押し込み強盗の入る夢。彼の夢は正夢になるという。伊丹屋主は警護の御礼の前渡しとして、つなよしの好物ぼた餅を送っております。

 つなよしは形式上火盗改め役の頭に任命されております故。

 さぁ、七夕の夜、みごと犯人逮捕といきますでしょうか?

 

 

              *

 

 さてその夜でございます。
 火盗改役長官中山勘解由とその配下の者七名、それに頭のお犬様のつなよし、これに助っ人として中山安兵衛が、薬種問屋伊丹屋前の家屋と家屋の狭間の路地に隠れ張り込んでおります。
 細い三日月の夜です。
 加えて全員黒装束ですから傍目には人が潜んでいるようには見えません。
「助っ人かたじけない、安兵衛殿。よほど腕の立つ下手人であるに違いないのでな。そなたの腕をお借りしたくて」
 勘解由が頭を下げると安兵衛は徳利の酒をちびりちびりやりつつ応える。
「なあに拙者が望んだことでござるよ。そんな剣の達人と仕合うのは我が身の誉れ」
「今世、安兵衛殿を斬れるとしたら二刀流の清水一学くらいしか思いつかぬ」
「なあに、酒がはいれば誰にも負けはせぬでござるよ。それにしても伊丹屋の七夕飾りはまことに壮観でござるな。あれだけ背の高い竹を二階建ての屋根に括り付けるとは」
「願いが叶ったゆえ豪商になったのか豪商ゆえに見事な竹飾りを作れるのか」
「まさに。されど金持ちは守るものが多すぎる。ははは、食いつめ浪人だった拙者などは己の身のみ守ればよいのでござるが」
「ご謙遜。赤穂藩に仕官がかなったとか」
「仕官がかなった途端でござる。近頃肩がこって仕方がない」
「ふふふ、まことに。それがしも役職柄、浪人が羨ましくなることが多い」
 ぐおーぐおーぐおー
 これは犬語通訳の大山庵の鼾でございます。
 先生はめっぽう夜に弱いので路上もかまわず寝ております。
 そこへぽつぽつと雨が落ちてまいりました。
 さらに遠くで稲光と雷鳴が。
「これ、誰か大山庵を軒下に移動させよ。風邪でもひかれたらことだ」
「雨が激しくなってまいりましたな。勘解由殿、今夜は賊は来ないのでは?」
「いや、来る。昨年の西海屋の折も雷雨だった。拙者よく覚えてござる」
 その時早くその時遅く、一つの光の筋が伊丹屋の竹に落ちました。
 ずどどどどどっどん~
 次の瞬間伊丹屋の二階から出火。
「これはいかん! 全員伊丹屋の主家族奉公人の救出にむかえ!」
「おおっ!」
「安兵衛殿は表にいて、人斬りがでたら捕縛してくだされ」
「かしこまって候。ただし捕縛できぬときは切って捨てるが、よいか?」
「安兵衛殿におまかせいたす。それがしはこれにてごめん」
 中山勘解由は配下の者全員と伊丹屋の戸口を壊して中になだれ込んだ。
 一人のこされた中山安兵衛は油断なくあたりを炯々と睨んでおります。
 わんわんわんわんわん
 その時つなよしが伊丹屋の燃え盛る屋根を見て吠える。
「ぬっ、何か動いた」
 その黒い物体は炎から逃げるようにジャンプして忍者の如く地上に降り立つ。
 つなよしはその物体にまっしぐら。
 わんわんわんわんわん
 しばらく二つの黒い影はもつれあっていましたが、やがてつなよしの悲鳴。
 きゃうーん
 つなよしから血しぶきが飛び散ったのが安兵衛の夜目にも見える。
「つなよし、拙者がそいつの相手をいたす。のけっ!」
 安兵衛が鞘を抜きはらうと聞き分けたのか、つなよしが逃走。
 賊はそれを追いかけずに今度は安兵衛めがけて跳躍いたします。
「こしゃくな」
 賊の刃が中山安兵衛の左頬をかすめる。
 しかしその時すでに賊は、安兵衛の電光石火の一振りで真っ二つに裂かれておりました。

       *

「大変な捕り物でやんしたねぇ」
「粗茶しかございませんがどうぞ」
 三吉と女房の藍が皆に労いのお茶をふるまっております。
 伊丹屋は幸い全焼を免れました。
 さらに怪我人もなし。
 白々と東雲が明るくなる頃、貧乏長屋に安兵衛と勘解由が戻り、大山庵が眠い目を擦りこすり唯一負傷したお犬様の介抱をしております。
「腹と両の前足をやられたが、まあ致命傷ではない。強い酒で消毒しておいたから、あとは自然に回復するであろう」
 くう~んくう~んくうう~ん
「それで人斬りの下手人の正体はなんだったんでやす?」
「雷獣だ。それがしも見たのは初めてでござった」
 雷獣と申しますのは天に住むと言われる獣でございます。
 そいつが雷とともに落ちてくると思われておりました。
 いや実際全国各地に雷獣の目撃捕獲の記録がございます。
 一番最近では明治時代、これは新聞にも載ったそうで。
 雷獣は猫やイタチに似ていると申します。
 鋭い刃のような爪をもち、木や人を切り裂くと伝えられております。
「拙者も見るのは初めてござった」
 安兵衛が刀の手入れをしながらつぶやきます。
「一刀のもとに斬り捨てるとはさすが安兵衛殿」
「いやいや、最初にお犬様が雷獣を噛んでいたようでござる。それゆえ動きが鈍っていたようで」
「まぁどっちにしても妖怪の仕業とはねぇ。火付けの方もあれでしょう? 雷が落ちたせいなんでしょう?」
「竹に稲光が落ちるのをこの目でしっかりと見届けた以上疑いはない。翌年よりは竹飾りは低いものにするようにお上より達しがあるであろう」
 雷は金属に落ちると申しますが、木でも竹でも高いものに落ちます。
 豪商は己の資産を競うように竹飾りを高くしたので雷が落ちやすくなったのでございますな。
「さて、これにて七夕の怪は一件落着でござる」
 勘解由が話を締めると三吉はつづける。

「へぇ、伊丹屋も店ぼた(餅)の甲斐がありやした」

       おあとがよろしいようで