こんにちは。

 本日も創作落語でお楽しみいただけたら幸いです。

 

 連続創作落語 つなよし 18前編

 

 

 

 あらすじ

 

  元禄時代江戸の町に大山庵なる犬語を話せる犬専門の医者がおりました。

 その助手三吉は女房とともに貧乏長屋に暮らしておりますが 愛犬つなよし は

とても忠義に篤く、かつ、ぼた餅が大好きという変わりもの。

 その つなよし は今火盗改長官中山勘解由の頭となっております。

 また貧乏長屋の住人には高田馬場で有名になった中山安兵衛がおります。

 さあ、本日はどんな騒動がまきおこるやら。

 

              *

 

 え~まいどばかばかしいお笑いに一席おつきあい願います。

 七夕ともうしますと七月七日でございますが、これは新暦でございます。
 江戸時代は旧暦でございますから今の暦で言えば八月七日前後。
 新暦でいきますと梅雨の真っただ中、雲に隠れて星は見えません。
 ですから旧暦で七夕を祝うのが正しいようでございます。
 もっとも織姫と彦星からすれば下から、イチャイチャしてるところを覗かれずにすみますのでよいのかもしれませんな。
 みなさまでもそうでしょうが、恋人とHしてるところを誰かに覗かれるのはいい気持ちではございません。
 え? その方が興奮する?
 まぁまぁ、そういう趣味の方もいらっしゃるかもしれませんが。

 とにかく江戸時代から現在行われている七夕の、あの竹に願い事を書いた短冊をつけるという伝統はあったようでございます。
 現代と違いますのは、江戸時代の人は屋根に竹を括り付けたそうで。
 竹というのは成長が早い。
 それで願い事が天まで届くと強く信じられていたのでしょう。

       *

「お藍、いい竹が手にへぇったぜ。さっそく願い事書いた短冊を括り付けようじゃねぇか」
「あいよ、おまえさん」
 貧乏長屋の三吉と藍の夫婦が仲良く竹に短冊を括り付けております。
「なんだよ、お藍、この願い事。男ってのはなんでぇ。まさかてめぇ浮気を企んでんじゃねぇだろうなぁ」
「何言ってんだよ、これはね、もちろんあたしたちに玉のような男の子が授かりますようにってことさ」
「ああ、そうかぁ。俺はまたてっきり………」
「で、この………、あんたの願い事、女ってのはなんだい? まさか?」
「そ、そりゃあもちろん、玉のような女の子が授かりますようにってことよ」
「馬鹿だねぇ、玉があるのは男の子よ。あんたあたしのほかに女つくったらしょうちしないからね」
「も、もちろんよ。でもよ、こう子供に恵まれねぇとな、心配で。こう、種まいて芽がでねぇなら畑を変えるってのもありじゃねぇかい?」
「馬鹿言ってんじゃないよ。畑が悪いっていうのかい?」
「そういうわけじゃねぇよ」
「そういってんじゃないのさ」
 女房が三吉につかみかかるやいなや隣人がふらりと顔をのぞかせます。
「昼喧嘩 夫婦は夜中に 許し合う。ははは、よきかな、よきかな」
「これは安兵衛さん。おはようごぜぇやす」
「お、七夕飾りですな? 拙者の短冊もつけていただきましょうかな」
「安兵衛様、おはようございます。でももう安兵衛様は願いが叶ったのではございません? 仕官がかない、お嫁さんも赤穂でもらわれるとか」
「いやいや、拙者の願いはこれ、武士として死ぬることでござるよ」
「へぇ~、こりゃおったまげた。侍の願いってのはおっかねぇもんですねぇ」
「それが誠の侍というものでござろうよ」
 その時いつの間にやら二人の男が三吉と藍と安兵衛の近くに歩み寄ってきた。
「これは中山勘解由様じゃございませんか。それに犬先生」
 鬼と恐れられた火盗改め役長官中山勘解由と、犬語が達者ということで火盗改め役配下に雇われた犬医者大山庵であります。
 三吉の飼い犬は形式的には火盗改め役の頭を務めております。
「その方が高田馬場で名を馳せた中山安兵衛であるか?」
「いえいえ、名を馳せたとは言いすぎでござる。せいぜい名を辱めたと」
「同じ中山姓同士、以後よろしく願い奉る」
「こちらこそよしなに」
「あのぉ、それで火盗改め役長官が何か用がございましたんで?」
「頭に用があってな。頭は今どちらに?」
「へぇ、うなよしなら、ちょいと出かけておりますが」
 本当はつなよしという名前なのですが将軍様と同じ名前では恐れ多いので、うなよしと三吉は呼んでおります。
「ではまたせていただく。急用でな」
「どうぞどうぞくつろいでいってくだせぇ。汚ねぇ家ですが」
「休養ではない。急ぎの用じゃ」
「あ、そっちね。どうも俺は早とちりの名人でして。急ぎの用ってぇと?」
「実はな、毎年七夕の夜火付け騒ぎがおこる。存じておろう? 昨年は神田の豪商西海屋が全焼いたしたのを」
「あああ、そうでした、そうでした。よく覚えておりやす」
「そしてその火事の最中、野次馬の連中の中で刃傷事件が数件あった」
「火事場泥棒は聞いたことありやすが、火事の最中に辻斬りですかい?」
「左様。刃物で切られた者が七名。下手人はいまだ捕まっておらぬ」
「面妖な。そのようなことをして誰が得をすると?」
 安兵衛が問うと勘解由は顔に苦渋を滲ませた。
「そこでござるよ。刃傷には必ず理由がござるもの。理由がなければ下手人の目星もつけられぬ」
「西海屋に火をつけた賊と同じ者でござろうか? とすれば西海屋に遺恨のある者に違いないが」
「それがし、その考えで西海屋に出入りする者をすべて調査いたしたが、残念ながら捕縛にはいたっておらぬ」
「されば火をつけた賊と野次馬を斬りつけた賊は同じ者ではないということでござろう」
「おそらくは。今年もまたその賊が現れるに相違なく、そこで頭に相談をとまかり越した次第」
「江戸八百八町夜っぴき見回りですかい? 今夜は」
「いや、それがな。坂下の薬種問屋の伊丹屋を存じておろう?」
「へぇ、もちろん。うなよしの好物ぼた餅の砂糖をあそこで仕入れておりやす。でも最近は値が高くて、おいそれと手が出ねぇんでやすがね」
 元禄時代砂糖は全部輸入品でとても高価でございました。
「あそこの主がな、先日押し込み強盗に入られる夢を見たそうだ。それでわしに相談に来た。なんでもその主の夢はよく正夢になるそうでな」
「わかりやした。今夜は伊丹屋で張り込むんでやんすね?」
「声が大きい。そうだ。それで頭にそのことを報告に参った」
 わんわんわんわんわん
「お、噂をすればなんとやらでぇ。つな公、おかえりっ。なんでぇ体中にいっぱい盗人萩(植物の種)をくっつけてまぁ」
「頭。勘解由でござる。本日は坂下の薬種問屋伊丹屋で夜を徹して張り込みをいたす所存。ご承知くだされ」
 わんわんわん
「承知した、と頭は申しております」
 大山庵が通訳しております。
「不審な人物が現れたら遠慮なく咬みついていただきたい」
 わんわんわん
「承知した、と頭は申しております」
「かたじけない。これは伊丹屋主より警護のお礼の前渡しでござる。頭にと申し使ってまいりました」
 勘解由が持っていた風呂敷包みを解きますと、中からぼた餅が二段重ねで現れた。
 わんわんわんわんわん
「大山、頭はなんと?」
「はい、ぼた餅がいたむ前に早速いただかせてもらう、と」
「ははは、伊丹屋といたむを掛けるとは、なかなかに。お犬様にしておくのはもったいない」
 わんわんわん
「砂糖がたっぷり入っていて美味だそうです」
「そいつはよかったぁ。いやね、しばらく砂糖抜きのぼた餅ばかり食わせていたんでねぇ。よかったなぁ、うなよしぃ。これが本当の店からぼた餅だぁ」
「ふふふ、棚とお店をかけるとは、なかなかに。町人にしておくのはもったいない」
「いえいえ、この程度で褒めていただくのは恐縮でございやす」
「ふふふ、それがし無骨が着物をきて歩いているような男にござれば」
 わんわんわん
「なんて言ってんです? 犬先生」
「今夜は七夕だから、自分の分の願い事も短冊に書いて括り付けておいて欲しいと」
「そうかい、わかった。うなよし、何と書けばいいんでぇ?」
 わんわんわん
「ぼた餅が喉につまりそうだから背中をたたいて欲しいと」

       後半につづく