こんにちは。

 本日も創作小説でお楽しみいただけたら幸いです。

 セリフだけの小説なのでサクサク読めます。

 今回だけでも楽しめます。

 お時間があれば最初からどうぞ。

 

 連続創作小説 病気屋のおばあさん

        CASE 14

 

 はい、こんにちは。あたしは疫病神。いろんな病気を売ってるよ。あんたの町の近くの高架下やガード下で営業してるけどたぶん見たことないだろうね。だってあたしも一応神様だからさ、次元が違うのさ。だから見えないし聞こえない。でも泥酔していたり薬やってたり頭が正常でない人は、あたしが見えるらしいね。

 さて本日はどんな人がどんな病気を買いにくるのかねぇ、楽しみだよ。ひっひっひっ。え? 病気なんて買うやついないって? それがいるんだよ。タバコがそうだろう? お金だしてさ病気の素をみんな買っているじゃないかね。ひっひっひっ。

 

              *

 

「ようこそ、病気屋へ。ひっひっひっ。坊や、こんな夜更けにまぁまぁ」
「坊やじゃないよ。駅の近くという噂で探して探して、高架下の歩道で営業しているなんて思わなかった」
「あんた、目が?」
「うん、生まれつき全然見えないんだ。だから夜でも平気なのさ」
「盲人用の杖持っていないのかい?」
「以前は使っていたけど、今は無くても歩ける」
「どうやって?」
「口を開けて舌でチッチッと音を出す。そいつが物に反射して、前に何があるかわかるのさ」
「蝙蝠みたいな人だね」
「視覚が不自由な分、他の感覚が異常に研ぎ澄まされるらしいね」
「なるほどね。はい、いらっしゃい。で、ご用向きは?」
「どんな病気でも買えると聞いて来たけど、ホントかい?」
「ええ、水虫から末期癌まで全部とりそろえておりますですよ、ひっひっひっ」
「その末期癌が欲しいんだ」
「へぇ、あたしゃここで営業して初めてだよ、末期がんが欲しいなんて人は!」
「でも一定の期間が過ぎたら完治できるようにしてくれるって噂だったけど」
「そうですけどね、末期癌の痛みときたら、そりゃあ言葉にできないくらいでね、あんた、マゾの気があるのかい?」
「残念ながらないよ」
「ふうむ……、なんか事情がおありとみた。さしさわりなければ話してごらん」
「事情を話さないと駄目なのかい?」
「そういうわけじゃないよ。単に、あたしの好奇心からさね、ひっひっひっ」
「じゃ、事情を話したら料金割引してくれるかい?」
「しっかりしてるねぇ、坊や」
「坊やじゃないったら」
「わかった一割引きにしたげるよ」
「実は、僕はある女性と結婚したいんだけど、うちの両親がどうしてもゆるしてくれないんだ」
「あんたは未成年かい?」
「ちがうよ」
「彼女は?」
「未成年じゃない」
「じゃあ問題ないじゃないかえ。結婚は両者の合意に基づく。日本国憲法にそう書いてあるよ」
「法律がどうであろうが、やっぱり両親に認めてもらいたい」
「駆け落ちという手もあるよ」
「両親を悲しませたくないんだ。世間体もあるし」
「世間体ねぇ? あんたの父親はなにやってるひとだい?」
「〇×銀行の頭取」
「ほへ~、凄い金持ちじゃないかね」
「だから僕の嫁さんはしかるべき女性でないと認めないんだろう」
「なるほどね。で、あんたが末期癌になると両親が認めるのかえ?」
「僕の死が目前に迫って、それで両親にお願いをする。彼女と結婚したいと。最期の願いだから、きっと叶えられるはずだ」
「頭いいね、坊や。痛みは怖くないかい? モルヒネだって効かなくなるかもしれないよ」
「彼女と結婚できるなら、それくらいの辛抱は承知の上さ」
「わかった。売ってあげよう。何日分くらい必要だね?」
「一週間…、長すぎるな。五日…、いや、三日」
「そうだね、三日ならギリギリ我慢できるかもね。その間にうまくご両親を説得させなよ。料金は十万円のところ、一割引きで九万円ね」
「クレジットカードで」
「支払いは現金だけ。あんたの財布に九万円入れておきなさい。自然に消えているからさ」
「へぇ? 便利だけど、僕の部屋に忍びこむわけ? 第一、どうやって健康そのものの僕を末期癌にすることができるの?」
「あたしはね、神様だから、わけないのさ」
「神様? 普通の婆さんの声に聞こえるけど……」
「疫病神さね。ひっひっひっ。病気のスペシャリスト」
「よく言うよ。でも僕は藁をもつかむ溺れる者だからね」
「あたしが見える、もとい、あたしの声が聞こえるってことは、そういうことだね」
「どういうこと?」
「つまり通常神様なんてのは人間に見えたり、神様の声が聞こえたりするものじゃないのさ。次元が違うから。泥酔していたり薬物でハイになっていたり、精神がかなり追い込まれていて極限状態じゃないと見えたり聞こえたりしないものなのさ」
「加えて僕は通常より感覚が鋭いんだろうね」
「その彼女とはどこで知り合ったんだい?」
「インターネット」
「見えないのにネットができるのかい?」
「スマホには音声で読み上げてくれる機能があるんだ。便利だよね。 彼女の声、聞かせてあげるよ。ほら、美しい声だろう?」
「「孝也、愛してるわ。好きよ。大好き」」
「へぇ~、その彼女の写真は、あるなら、是非あたしに見せてもらえるかい? 参考までに」
「いいよ、ほら、このスマホの待ち受け画面の女性がそうさ。僕には見えないけれど、さだめし美人だろう?」
「へぇ。なるほど、こりゃ、あんたのご両親が反対するわけだ。こう言ったら悪いけど、あんたには似合わないよ。やめておいた方がいいと思うがねぇ。これはババぁだけに老婆心で言うんだけどさ」
「みんなそう口にする。でも障害があるほど恋は燃え上がるものなのさ」
「ま、商売しょうばい。ビジネスライクにいくとしましょうかね」
「ふふふ、神様でも金要るのかい?」
「もちろんさ。どこの神社だってお賽銭箱あるだろう? あたしはお金をいっぱい貯めてさ、全国で唯一の疫病神神社をおっ建てるのさね」
「疫病神神社! いいね。頑張って(誰がお詣りにくるか知らないけど)」
「ありがとさん。応援してもらえるとは思わなかったよ、ひっひっひっ」
「じゃ、あとは、僕待っていればいいわけね」
「そうそう。ありがとね。それじゃあね。ひっひっひっ。ああ、可愛い坊やだったねぇ、あたしがもう五千歳若かったらねぇ。え? なに? 五千歳若くてもダメだって? さすがだね。あんなに遠くてもあたしの声が聞こえたらしい」

       *

「末期癌だって! 息子はまだ二十五歳ですよ?」
「若くして発症する人も少なくありません」
「息子は酒も煙草もやらないのに。なんでだ、糞っ! それで、手術でなんとかなりませんか?」
「もうそういう段階ではありません。今現在生きているのが不思議なくらいでして。そう、ここまで自覚症状もなく過ごしてこれたというのが信じられません。モルヒネで痛みを抑えるのがせめてもの治療です」
「孝也…かわいそうに。由美子、泣くな。泣き顔を孝也に見せるわけにはいかんぞ」
「だって、あなた……。泣くなと言われても無理です……。こんなことなら、あの子の結婚を許してあげればよかったのに……」
「……ドクター、あと余命どのくらいですか?」
「あともって二日だと思われます」
「由美子、急いで準備しよう」
「え?」
「結婚の準備だよ。彼女に病院まで来てもらおう。市役所に行って婚姻届けをもらってこないと。ドクター、この近くに教会は?」
「二ブロック離れたところに、あります」
「牧師さんにも来てもらおう。病室でも結婚式はできる。由美子、結婚指輪を宝石店で見繕ってきてくれ。金に糸目はつけないでいい」
「はい、……わかりました」
「それはよいお考えだ。患者の意識があるうちに、私も最善を尽くします」
「ありがとう、ドクター、よろしくお願いいたします」

       *

「とうさん、かあさん、彼女との結婚を許してくれて、ありがとう」
「孝也こそ父さんと母さんを許してくれ。もうなんにも心配はないよ。父さんも母さんも反対しない。だから、一日でも長く生きてくれっ。頼むから」
「ありがとう。とうさん、かあさん。もし、もし、僕が奇跡的に快復しても、離婚させたりしないよね?」
「するもんですか。もし、なんて言わないで、また元気になっておくれ、孝也」
「ありがとう、かあさん(その言葉忘れないで)」
「もう直に彼女がこの病室に到着すると思う」
「ほんとうに?」
「ああ、担当医がとても協力的でね、彼女の住所を伝えたら、車で迎えにいってくださったのさ。それにしてもちょっと時間がかかっているなぁ」
「ほんとうにねぇ。遅いわねぇ。携帯に電話してみましょうか?」
「あ、いや、ノックだ。噂をすれば影だよ。さぁ、孝也、花嫁さんのご到着だ。あ、ドクター、わざわざご苦労様でした」
「いえいえ」
「あの、ドクターおひとりですか? 花嫁はどこに?」
「それが、実は、とても申し上げにくいのですが……、彼女はすでにこの世の人ではありませんでした……」
「! …………ははは、ドクターもお人が悪い。ご、ご冗談を」
「こんな時に冗談を言えるほど馬鹿じゃありませんよ」
「ええっ! で、では、本当に花嫁は――」
「私も医者です。死亡を確認いたしました」
「先生! 彼女が亡くなったんですか? 嘘だっ! うそだ! ウソだあっ!」
「孝也、落ち着け。ドクター、それって、つまり自殺ってことですか? 私たちが結婚に反対したから………」

「自殺ではありません。…………老衰でしょう」

       おしまい