こんにちは。

 

 本日も創作落語でお楽しみいただければ幸いです。

 

 今回は前回の続き。

 

 前回のあらすじ

  江戸は元禄時代とある貧乏長屋に住む三吉と藍の夫婦の隣人は高田馬場の決闘で名をはせた浪人中山安兵衛。安兵衛赤穂藩への仕官が決まったのはいいのですが、彼のもとに夜な夜な通ってくる女性がいる。

 はたしてその正体は………。

 

 連続創作落語 つなよし 17 後編

 

 三吉の家 妻藍と中山安兵衛それに青鬼が話をしている場面より。

 

 

 

「ってことは………、つまり毎夜訪ねてくるその、きちって女は………」
「弥兵衛殿の娘とは別人のきちということでござる」
「安兵衛さま、それって、生霊じゃないってことよね?」
「左様。おそらくは」
「じゃ、じゃあ、やっぱ亡霊だったにち、ち、ちげぇねぇ。ひいいいっ!」
「で、でもさぁ、きっと赤穂藩までついてはこないわよ。そこまで執念深くはないわよ。ね、青鬼さん?」
「場所に縛られて動けない亡霊もいますけど、今回の亡霊はどうやらそうではなさそうです。はい。とすると安兵衛さんがどこへ行こうがついてゆくと考えた方がよさそうです、はい」
「それはいささか難儀でござるな」
「でしょう? モテるのもよしあしだぁ。だから俺は女にはもてねぇようにしていやす。へへへ」
「へぇ、あんた、そうなの?」
「そうだよ。俺はモテようと努力しねぇと大変でなぁ。足に女がまとわりついて表をおちおち歩けねぇ。でな、昔はよ、箒をもって歩いてたもんだぁ。それで女を払い払い歩くのよ」
「こほん。それはともかく、安兵衛さん、今夜もその亡霊のきちさんは通ってくるのでしょうから、その際亡霊の一番嫌いな物を訊きだしてください」
 青鬼がそう真面目に言うと安兵衛ぽんと手を打ちました。
「なるほど。その大嫌いな物を翌日玄関の前に置いておくのですな?」
「そうです、そうです」
「へへへ、節分の日に玄関に柊を飾るようなもんだ」
「三吉さん、間違ってもそんなことしないでくださいよ」
「しねぇよ、しねぇしねぇ」
「とにかくこれにて一件落着でござるな。助かりました」
 安兵衛深く一同に頭を下げました。

       *

 さてその夜。
 やはり、おきちの亡霊が安兵衛宅を訪ねてまいりました。
 おりからの雨。お寺の鐘が陰にこもって ご~んと打ち響く。
「こんばんは。安兵衛さま、今宵もお情けをいただきにまいりました」
「これは、おきちどの、さ、中へ」
 安兵衛彼女が亡霊と知っても怯えた様子を見せませんのは流石に肝が据わっております。すこしでも様子が変であれば亡霊は自分の弱点を話さないでしょうから。
 そして瞬く間に情事が始まります。
 え~、このあたり詳しく実況いたしたいのはやまやまですが割愛させていただきます。

 さて一戦交えて後安兵衛が煙管をくわえながら申します。
「今夜のおきちどのは、いつにもまして美しゅうござった」
「まあお上手ばかり」
「上手ではないぞ。まことじゃ。その美しさには楊貴妃も小野小町もひれふすであろう」
「おほほほ、褒めすぎは恋する女子とてかえって居心地が悪くなるものよ」
「このような強面の拙者であれば女という女は寄り付かなかったものを」
「安兵衛様はちっとも怖くはございません」
「怖いと申せば、拙者、猫が一番嫌いでな。以前吉原に行ったとき、猫が多くてよわったものでござる」
「ほほほ、天下無双の安兵衛様が猫を見て怯えるのはおかしゅうございます」
「いや、まこと。人間には苦手な物が一つや二つあるものでござる」
「はい」
「これはついでに尋ねるのでござるが、おきちどのの、この夜で一番嫌いな物はなんでござる?」
「………、ほほほ、無理でございますわ」
「無理………が嫌いとは?」
「ほほほ、そうではございません。安兵衛さま、とうとうわたくしの正体に気づかれたようでございますわね? 訊きだそうとなさるは無理ということ」
「………」
「わたくしは亡霊。わたくしの一番嫌いな物を玄関の前に置いておけば、わたくしがもうここへ来られなくなるのをご承知なのですね?」
「拙者、仕官が決まって、播州赤穂藩に赴くことになりもうした。もうおきちどのには会えなくなりますゆえ………」
「手を切りたいと」
「もうしわけござらん」
「いいえ、安兵衛さまがどこへ参りましょうとも、ついてまいります。ご安心を」
「嫁をとることになっておる。それでは花嫁が怖がる」
「それでは、その花嫁も呪い殺してさしあげますわ。わたくしと安兵衛さまは死ぬまで一緒です」
「亡霊とは申せ、そこまで女子に惚れられたら本懐でござるな」
「安兵衛様」
「おきち」
 二人はさらに一戦交えるのでございました。

       *

「安兵衛さん、駄目じゃねぇですかい。ちゃんと訊きださねぇとよぉ。あまつさえ二度もまじわっちまって」
「申し訳ござらん」
 翌朝安兵衛が隣の三吉宅に来て叱られております。
「それにしても酷いやつれようだわ」
 三吉の女房藍が生卵を勧めながら心配しております。
「このままでは本当にとりころされてしまいますよ」
 青鬼も腕を組んで安兵衛の身を案じております。
「いろんなものを置いてみたらどうですかねぇ? とりあえず。女の嫌いな物ってのはだいたい相場が決まってるもんでやしょう?」
「確かにそうでござる」
「お藍、お前の嫌いな物はなんでぇ? やっぱ酒かい?」
「あたし? あたしは浮気者の亭主」
「それならお前が死んで亡霊になったらよ、俺は玄関で頑張っていれば寄ってこないってわけだ」
「あんた自分で浮気者だって認めてどうすんのさ。それにあんたが嫌いならはなっから来ないって。安兵衛さんのために真剣に考えなさいよ」
「こりゃすいやせん。どうでしょうね、女は蜘蛛とか蛇が嫌いでやしょう? そういったものを玄関前に置いておけば、どれか当たるかと思うんでやすが」
「そいつは試してみる価値あると思います。あ、わたし、一度地獄に戻って閻魔大王様に訊いてみます」
「なにか妙案でござるか、青鬼殿?」
「その桔という女がどうして亡くなったか調べることはできます。それがひょっとして桔という女の一番嫌いなものにかかわっているかもしれませんから」
「それは理屈でござるな。是非お願いいたします」
「まかせてください。善は急げ。これから冥界に行ってきます。それでは」
 青鬼脱兎の如く駆け出しまして長屋の井戸の中へ飛び込みました。
 井戸の底はあの世につながっていると申します。

       *

 さてその夜もまた桔の亡霊が安兵衛宅を訪ねてまいります。
「あら、何この籠? まぁ蛇がいっぱい。それに軒下に蜘蛛の巣がいっぱい。おぼぼぼ、残念ねぇ、わたしは蛇も蜘蛛も嫌いじゃないの。安兵衛さま、お情けをいただきにまいりましたわ。戸を開けますわよ」
 亡霊が表の戸に手を掛けた、その刹那、玄関に横たわっていた生き物が声をあげる。

 わんわんわんわんわん

「きゃっ! い、い、犬じゃないのぉっ! わたし、だめ、近寄らないで、だめ、安兵衛様、ひ、ひどいっ! わたしを嫌いになったのね? わ、わかりました。もうあなた様をあきらめます。さようなら。ひいいいっ」
 亡霊はすうっと夜の闇に溶けていきましたとさ。

       *

「閻魔大王様の閻魔帳によりますとですね、あの桔という女、犬に咬まれて、その傷がもとで亡くなったそうですよ」
 朝が来て三吉宅で青鬼が安兵衛と藍に報告しております。
「犬が嫌いだったとはねぇ。こいつは当てずっぽうではわかるわけがねぇや。よくやったぞ、つなよしぃ」
 三吉が愛犬の頭を撫でる。
「でもさ、お前さん、うちのつなよしは青鬼さんが地獄から戻ってくる前に安兵衛さんの玄関前にいたのよ。どうして、つなちゃんはわかったのかしら? 亡霊の一番嫌いなものが犬だって」
「そ、そ、そうだよなぁ。つなよし、おめぇどうしてあそこにいたんでぇ?」

 わんわんわんわんわん

「なんて言ってるんです? 青鬼さん、わかるんでしょう? 犬の言葉」

「はい。あの場面のがしたら、今回自分の出番がなかった、と」


        おあとがよろしいようで