こんにちは。

 

 また本日も創作落語でお楽しみいただけたら幸いです。^^

 

 連続創作落語 つなよし 17 前編

 

 あらすじ

  元禄時代江戸の町に犬語を話せる大山庵なる犬専門のお医者さまがおりました。

 その助手三吉は つなよし という名前の忠犬を飼っております。

 上州のやくざ者常五郎から譲り受けた犬でございます。

  三吉には女房がおり名を藍。

  二人が夫婦になったのも つなよしのおかげであります。

 

 さて二人と一匹が暮らす貧乏長屋の隣に中山安兵衛がこしてまいりました。

 本日はどんな騒動がまきおこるやら。

 

              *

 

 え~まいど馬鹿馬鹿しいお笑いに一席おつきあい願います。

 昔は夏になりますと必ずホラー映画をテレビで流しておりました。
 四谷怪談はもう子供心に怖くて怖くてトイレに行けませんでしたな。
 他に定番の牡丹灯ろうという怪談がありまして、わたくし、これは大好きでした。
 美女の幽霊が毎晩恋しい男のもとへ忍んで来るのでございますが、実に男冥利につきる話とは思いませんか? わたくし子供心に、うらやましいなぁ、いい女だなぁ、とそう感じましたのです、はい。

 ある日、わたくし女房に尋ねました。
「お前がもし死んだらさ」
「なによ、あたしに死んでほしいの?」
「いやいやそうじゃないよ、もしもの話」
「仮定の話には答えられません」
「お前ね、国会で答弁してんじゃないんだから。答えてよ」
「わかったわよ。あたしがもし死んだら?」
「幽霊になって毎晩この家を訪ねて来てくれるかい?」
「もちろんよ」
 わたくし妻が愛しくて抱きしめたくなりました。
「そうか、そうか。嬉しいねぇ」
「あんたがあたしのヘソクリ使ってやしないか確かめに」
 わたくし悔しくなりまして、言ってやりました。
「お前ね、それじゃあ私が死んだらね、もしだけど、毎晩この家に化けてでてやるからね、覚えておけよ。うらめしや~って」
 すると彼女少しも悪びれずに言いました。
「いいわね。ついでに玄関のところに立っててよ。泥棒避けになるからさ」

 番犬じゃないんですから。

       *

 それは蒸し暑い夏の夜の出来事でございます。
 貧乏長屋の三吉がふと目を覚ますと隣の部屋から明かりがうっすら漏れている。
「あれぇ、安兵衛さん、行燈の火を消さねぇで寝ちまったかな」
 火事になると大変だとばかり三吉が隣人を覗きます。
 棟割長屋の壁はぼろぼろ、覗くための穴には不自由しません。
「あああ、安兵衛さま、もっとぉ」
 そこへ艶っぽい若い女性の嬌声。
「おや、旦那もやるもんだね。強面の顔で女には縁が遠いなんてのたまっていたけどよぉ、いいことしてんじゃねぇか」
 三吉が眠い目をこすりこすり覗くと、確かに美しい女性が上になり下になり、安兵衛と交わっている最中。
「いい女だねぇ。こりゃ。安兵衛さんどこで見つけてきたものやら」
「ほんと隅に置けないわね。あれは吉原の太夫並みの美人よ。まぁあたしにはちょいと劣るけどさぁ」
 三吉が気が付くと隣に女房の藍が一緒になって覗きをしておりました。
「おめぇは吉原の太夫より綺麗だってか?」
「そんなだいそれたこと言ってないわよぉ。もうっ」
「言ってんじゃねぇかよ。ま、ま、綺麗だけどな」
「あなた、お隣に火がついたんだから、あたしたちも、ね?」
「さっき一戦終わったばかりじゃねぇかよ。いいよいいよ、してやるよ」
「きゃっ! やだっ!」
「なんだよ、しろって言ったりいやだと言ったり」
「ち、違うの………。あの女の人に………」
 足がございませんでした。

       *

「おはようごぜぇやす」
 夜が明けまして早速三吉が隣人の中山安兵衛を訪ねます。
「おお、三吉殿か、おはやいですな。朝餉を一緒にいかがかな?」
 安兵衛さんちょうどご飯を炊いておりました。
「ゆんべはお楽しみでしたねぇ、へっへっへっ」
「いや、これは覗かれていましたか。いや、実はあの女、拙者とひょんな所で出会いましてな。なんでも高田馬場での決闘を見ていたそうで、話が妙に合うもので懇意になって毎夜訪ねてまいるのでござる」
「へぇ、そうでしたかい? ひょんな所ってぇと、墓場じゃねぇですよね?」
「なぜご存じで?」
「いや、し、知るわけねぇじゃねぇですかい。そ、そいつはいけねぇ、あの女は亡霊ですぜっ」
「亡霊? どうしてそう思われるのでござる?」
「あの女には足がなかったんでさぁ」
「なんと!」
「このままじゃとり殺されちまいますぜ」
「………」
「そういえば、安兵衛さん、目の下にくまが。いくぶんやつれていやすぜ」
「これはちと励みすぎたからでござるよ。いや、とても信じられぬ。あの女が亡霊などとは」
「徳の高ぇ坊さんに相談しやしょう」
「いや、おきちにかぎって、そのような亡霊であるはずが………」
「その女の人は、おきちさんという名前なんですかい?」
「でござる。いや、亡霊ではござらんよ。足がちゃんとござった」
「でも俺と女房が見るところ足はなかったですぜ」
「それは………、たぶん暗かったので見間違えたのでござろうよ」
「そういわれると、そうかもしれませんがねぇ」

「ごめんくだされ」
 その時表で年寄りの声がする。
「こんな朝早くから誰でござろうか? はい、どうぞおはいりくだされ」
 安兵衛が返答すると、その前後猫背で年配の侍が戸をくぐる。
「拙者は播州赤穂藩江戸留守居役堀部弥兵衛と申す。今よろしいかな?」
「どうぞ。ちらかっておりますが、どうぞおあがりくだされ」
「安兵衛さん、俺はけぇりますんで、ごゆっくりどうぞ」
「すまぬな。話の続きはまたあとで。さ、どうぞおあがりくだされ」
「いやここで結構。単刀直入に用件にはいらせていただく」
「はい」
「それがしの娘婿になっていただきたい」
「はい?」
「それがし偶然、例の高田馬場の仇討を拝見しておりまして、そこもとに惚れこんだのでござるよ。是非ともわが娘を娶っていただきたく」
「し、しばしお待ちを。急と言えばあまりに急なお話」
「そこもとほどの男がこのような貧乏長屋で暮らしておるとは宝の持ち腐れ。この縁組に関してはすでに赤穂の殿に報告済みでな。殿もそこもとの剣の腕を召し抱えたいとおおせで、よき役職を空けてまっておるそうじゃ。おぬし果報者じゃの」
「拙者浪々の身なれば仕官の話喜んで受け奉るところ。このお話謹んでお断りいたす」
「なんじゃと! 理由を申せ」
「拙者先祖代々続くこの中山の姓を捨てたくはござらん。入り婿してまで仕官したではご先祖様に申し訳が立たぬし世間の物笑いの種」
「ぬ。では中山姓のままで赤穂藩に仕官せい。それならば問題はあるまいに」
「堀部殿と申されましたか?」
「うむ」
「堀部殿の娘はこの件をご存じで?」
「恥を忍んで申せば、惚れたのは娘の方。娘から安兵衛様と夫婦になりたいと申しつかってまいった次第。娘も高田馬場におって、そこもとの雄姿を見て岡惚れしたのじゃ」
「そうでござったか」
「実は床に臥せっておりましてな。ははは、おぬしに恋煩いじゃ」
「その娘の名は?」
「おきちと申す」

       *

「こんにちは。青鬼です。ちょいと近くに用事がありまして寄ってみました。いやあ~藍さんはいつもお美しい」
「あ~ら、青鬼さんじゃない。本当のこと言われたら照れちゃう。さ、どうぞあがってお茶でも飲んでいってよ」
 節分で追い出されたところを助けてあげて以来青鬼と三吉夫婦とは仲良しでございます。また三吉が地獄に落ちた際、三吉は青鬼に助けられております。
「ちょうどいいところに来たね、青鬼よぉ、訊きてぇことがあるんでぇ」
「三吉さんもお元気そうで。はい、なんでしょう? わたしにわかることでしたらなんでもどうぞ」
「隣の安兵衛さんとこに足のねぇ女が毎夜訪ねてくるんだが。それほっといて大丈夫かい?」
「それはいけません。命を吸い取られてしまいかねないですよ」
「やっぱり亡霊かい?」
「この世に未練を残した魂は恐ろしいですよ。成仏するのを拒んだ魂。地獄に落ちる亡者はまだましなほうです」
「亡霊を追い払うにはどうしたらいいんでぇ。やっぱり坊さんのお経かい?」
「よほど徳が高い坊主でないと効果は期待できません。ですが亡霊避けは至極簡単です。亡霊が生前一番嫌いだったものを玄関に置いておけばいいんです」
「なるほどね、そいつはいいことを聞いたぜ。女房のお藍なら酒、俺ならヤクザの八五郎って具合だな。へへへ、そりゃ近寄りたかねぇ」
「八五郎じゃなくって常五郎だよ、お前さん」
「そうそう常五郎、ってお前の方がなんで名前覚えてんでぇ」
「他人の名前やすやすと忘れるお前さんがどうかしてるのさ」
「へぇ? そうかねぇ」

「ごめん」
 そこへ安兵衛さんが訪ねてまいります。
「あ、安兵衛さん、噂をすればかげね。どうぞお茶でもめしあがっていって」
「かたじけない。ぬ? これは青鬼。お初にお目にかかる」
「どうも、はじめまして」
 江戸時代人々は妖怪と共生しておりましたから、安兵衛さん驚きませんし本来肝が太い性格なのでございましょう。
「青鬼と知り合いだとは三吉殿も付き合いが広いですな」
「ええ、まぁ、一つ目小僧とも知った仲ですし。ところであの爺さんけぇりましたんで?」
「はい。あの方は拙者の福の神でござった」
「へぇ?」
「拙者、赤穂藩に仕官することにあいなりました」
「へぇ! やったじゃねぇですかい。念願かなったりってやつだ」
「おめでとうございます、安兵衛さん。なにかお祝いをさしあげないと」
「奥方、かたじけない」
「ええっとぉ、こほん、安兵衛さん、おきちさんはどうするんです?」
 三吉が尋ねると安兵衛はきょとんとして答えました。
「どっちのでござるか?」
「どっちのとは?」
「いや、実は本日訪ねてまいった堀部弥兵衛殿の娘の名もきちだそうで」
「ええっ! そいつは本当ですかい?」
「最初弥兵衛殿の申し出は拙者に娘婿になって欲しいということでござった。拙者が婿入りは断ると言うと中山姓のまま仕官すればよいと申されて。なんでも弥兵衛殿の娘おきちは高田馬場で拙者を見て岡惚れしたとか。今は恋の病で臥せっているそうでござるが………」
「そいつはできすぎた話だぁ。なるほど、爺さん考えたねぇ。娘と出来ちまえば、こっちのもの。仕官させる口実としてはうってつけだぁな」
「でもお前さん、娘のおきちさん臥せっているんでしょう? 毎夜訪ねてくるのは無理よぉ」
 藍が横やりを出したところで青鬼がはたと膝を打つ。
「そりゃ生霊ですよ。おきちさんの会いたいという願いが強くて、生きたまま霊魂となって抜け出してきたんでしょう」
「なるほどね、生霊ってやつか。それなら怖かねぇ」
「でもおきちさん、かわいそうよ。女のあたしにはよくわかる。恋しい人と結ばれないのは悲しすぎるわ」
「それは心配ござらん。拙者仕官して後播州にて弥兵衛殿の娘と婚儀を交わす約定でござれば」
「そういうことですかい。そりゃめでてぇ。重ねておめでとうごぜぇやす」
「かたじけない。ではござるが、おきちのことが気にかかって」
「ですから、仕官したあとで婚約するんでやしょう?」

「………、いえ、弥兵衛殿の娘の名は大吉の吉。毎夜訪ねてくる女の名は木に吉と書いて桔………」

       後編につづく